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書評 天児慧 『中国社会の政治体制』

書評 天児慧 『中国社会の政治体制』

『中国社会の政治体制』概観

 『中国政治の社会態制』(以下、本書)は、地域研究者による中国地域研究の解説書である。筆者の研究生活は50年に渡り、その集大成として本書を位置付けている。本書は著者の中国地域研究の粋が凝縮された骨太の内容になっている。

 以下、本書の展開を概観する。まず筆者の専門である地域研究についての意義が強調される。その後、中国社会を「四つの大規模制」と「四つの断層制」から捉える。これらは筆者独自の観点であり、この二つの観点をもとに、具体的な中国政治の様相が分析されていく。

 著者は地域研究とディシプリン研究を対立軸として、中国を規定する構造を、先述の「四つの大規模制」と「四つの断層制」にまとめ、中国政治を論じる。この踏み込んだ姿勢は著者の研究成果の所産であろう。『現代中国入門』(ちくま新書、2018年)のように現代中国の様相を政治面から文化面まで解説した新書レベルの書籍は既刊だが、本書は政治にテーマを絞り、ホットなイシューである習近平政権の内情と展望についても手厚い記述がなされている。また中国の政治体制そのものだけではなく、政治体制が非政治領域といかなる関係を持っているのかに関しても随所で触れられている。

 本書の特徴としてあげられるのはやはり、地域研究の重要性が強調されている点だ。著者は地域研究者の立場として、中国政治を中国が持つ特殊性から明らかにすることに主眼を置く。当該地域が持つ特殊性がその政治体制に大きな影響を及ぼしているからである。現代の中国政治が持つ構造を「変わりにくい」中国の特徴から解明しようとする姿勢は、特定のディシプリンに拘泥した分析より納得感が強い。地域には千差万別の個性があり、その個性が政治、社会体制に大きな影響を及ぼすからである。

 本段の最後に形式的な部分について言及すると、第七章を除く、すべての章の冒頭に問題提起がなされている点に好感が持てる。これにより各章での筆者の問題意識と狙いが明確になり、読み進める上での指針になる。

 本書評では、本書に即しながら、そもそもなぜ中国を理解する必要があるのかという問いに立ち戻り、中国理解に求められる姿勢について論じたい。中国を理解する重要性を踏まえなければ、中国への目線が表層的なものに止まり、本書から得られる学びも少ないものとなると考えられるからである。

なぜ中国を理解する必要があるのか

 なぜ中国を理解する必要があるのかという問いに対しては二つの理由をあげたい。一点目が、中国が国際秩序に多大な影響を及ぼし得るという点である。現在の中国は、既存の秩序といかに折衝するのかよりも一帯一路構想のように新たな国際秩序を形成するプレイヤーに変貌しつつある。中国主導の新たな国際秩序は既存の国際秩序とバッティングする。そのため既存の国際秩序から多大な恩恵を受ける日本が国益を確保し続けるには中国が目指す新たな国際秩序を考慮に入れる必要がある。二点目に日中関係の重要性をあげたい。日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、東アジアを支えるパートナーだ。日本が抱える朝鮮半島での諸課題においても中国が果たす役割は大きい。以上のように、中国が何を考え、どう行動するかを理解することは日本の核心的な利益に関わる。日本にとって良好な日中関係を継続させることが望ましいのは言うまでもない。

日中関係を安定化させるために

 前段で日中関係の重要性を述べたが、現状は流動的である。2019年現在、日中関係は米中貿易戦争のあおりを受け、改善傾向にある。しかし、2012年の尖閣国有化問題や2014年の集団的自衛権行使容認等の政治問題は日中関係に摩擦をもたらしてきた。現状の日中関係は2ヶ国の問題に止まらず、世界の潮流の中で位置付けられ、安定しているとは言い難い。

 流動的な日中関係を安定化させるには、中国の「論理」を理解する必要がある。ここでの「論理」とは中国が持つ思考様式や行動様式のことを指す。中国の秩序観と日中関係の推移を理解する上で、中国の論理を理解する重要性は大きい。評論家の東浩紀は悪化する日韓関係を考える際に、「…韓国には韓国の歴史があり、韓国の神がいる…」と述べ、相手国の神=論理を理解した上での対話が重要であることを述べている。これは中国の場合でも適応可能な考え方であろう。

 中国の論理を理解するためには中国を学ぼうとする姿勢は不可欠だ。しかし、近年日本から中国への目線は厳しくあり続けている。言論NPOと中国国際出版集団による世論調査では、両国関係が改善した2018年でさえ、日本で中国に「良くない」印象を持っている人は86.3%と高い水準にあり、日本の中で中国に対して根強い不信感があることがわかる。中国を理解する重要性は先述の通りだが、日本人が中国を知ろうとする姿勢は見えにくい。

地域研究の立場から中国の論理を理解する

 中国を理解するにあたり、イメージや感情論で中国を捉える日本人が多いことも事実である。中国を理解する方策として、本書で提示される地域研究の姿勢は見逃せないものがある。なぜなら、各国独自の考え方=論理を構成する要素は、地域研究から抽出されるからである。当該地域の全体を対象とする地域研究は、地域の個性を抽出することに主眼を置く。これはフラットな地点から当該地域の特性を導き出そうとする営みであり、自由な分析が可能な手法である。

 地域研究の中でも歴史的文脈を強調し、中国の論理を理解する研究は『中国の論理』(中公新書、2016年)といった先行文献がある。本書はそれに比べ、改革開放以後の中国社会の多様化に重点を置き、社会や経済面から中国基層社会の変化を取り上げており、より幅広い観点からの分析が行われているといえよう。

 一方のディシプリンによる分析では当該地域の論理を暴くには心許ない。ディシプリンは既存の知であり、自らの分析手法の枠組みの外を出ないからだ。加えて、ディシプリンは本文でも指摘があるように西洋的観念を強く受けるため、有史以来中華思想に見られる独自の世界観を保持する中国の分析には適さない分析手法である可能性が高い。

よりリアルの中国を捉えるには

 政治を理解することで明らかになる中国の論理は確かに存在する。とりわけ本書が示す政治と社会変容は人々の生活様式や行動を規定する大きな要因である。しかし、政治自体は中国の一部分に過ぎないこともまた確かだ。

 実際に市井の中国人が何を考え、どう行動しているのかを理解できるレベルまで落とし込んで初めて中国の全体像を理解できたと言えるのではないか。その等身大の中国を理解するには、政治そのものだけではなく、中国の政治社会の構造や変容がいかに中国人の生活様式や精神構造に影響を及ぼしているのかまでも掘り下げる必要があろう。

 本書にも社会の変容に関する記述はあるが、中国人の具体的な行動までは触れられていない。しかし、これは本書の射程から逸脱しており、本書に責めを負わすものではない。

 ここでは本書の記述からより踏み込み、社会変化が中国人の具体的な行動に変化を及ぼす例をあげたい。鈴木将久はいわゆる中国人による「爆買い」を現代における中国人の精神性の動揺を示す現象であると主張する。「爆買い」は社会主義崩壊後の中国人の精神的な拠り所のなさを示す一例ではないかという指摘である。(鈴木 2018 p.74)

 「爆買い」のように中国人の具体的な行動や精神性まで議論対象を広げることで、より中国をリアルに理解できるのではないかと思われる。

 その一方で、日本人が中国を理解しづらいこともまた事実である。中国という分析対象があまりに巨大で多様性を内包していることに加え、日本人の中国観が歴史的に分裂しているからである。光田剛は、日本社会が中国から伝わるごく一部分の中国を見て、中国に持つ一方で、現実の中国人に接して、中国を軽蔑したり、嫌いになったりする動きがあったと指摘する。(光田 2018 P.20)本書でも中国を理解するために日本人が中国自身の歴史を踏まえる必要性が強調されている。それに加え、日本の中国認識の変遷を振り返ることもまた日本の自らの目線と中国との関係が明瞭になり、日本人にとっての中国のわかりづらさを克服する手段になると考えられる。

ディシプリン研究の必要性

 これまで本書に即し、地域研究の重要性を述べてきた。しかし、ディシプリンによる分析もまた怠るべきではないことも確かだ。より複眼的な視点こそが、多様な中国を捉える上で必要だからである。ここではディシプリン分析の一例として尖閣問題をあげる。

 尖閣問題を考える際、中国を安全保障学や外交学のディシプリンから分析し、日本の抑止力向上施策を検討するであろう。

 それと同時に、日中関係は潜在的な危険性を孕んでいるからこそ、安定的な友好関係を築いていく必要があるとも言える。その関係構築には当該地域全体を理解しようとする地域研究の姿勢は不可欠である。

 このように一つの事例をとっても様々な観点からの議論が可能なこともわかる。中国が巨大で多様な分析対象である以上、ディシプリン研究を含め、場面に応じた分析手法の使用が求められる。

今後の課題

 ここまで中国を理解する重要性を前提に、地域研究の観点から中国の論理とそれを理解するための姿勢について論じてきた。最後に今後の課題を述べ、本書評を締めたい。

 現在の習近平政権が、王朝時代の思想や歴史を重視する政権であるがゆえ、地域研究の重要性はより高まっているように思える。今後も動態としての中国からは様々な知見と性質が抽出されるだろう。地域研究の立場からは、抽出された性質が「変わらぬ」中国と「変わる」中国のどちらに属するものなのかをいかに正確に判断していくかが今後の課題になる。(4015字)

参考文献・参考資料

・植木 千可子(2015)『平和のための戦争論 ー集団的自衛権は何をもたらすのか?」、ちくま新書

・岡本 隆司(2016)『中国の論理 ー歴史から解き明かす』、中公新書

・言論NPO(2018)「第14回日中共同世論調査」、[online]http://www.genron-npo.net/world/archives/7053.html 2019年2月17日アクセス

・戸田山和久(2012)『論文の教室』、NHKブックス

・東 浩紀(2019)「韓国には韓国の歴史があり韓国の神がいる」、[online]https://dot.asahi.com/aera/2019021300021.html 2019年2月17日アクセス

・細谷 雄一(2012)『国際秩序 ー18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ」、中公新書

・光田 剛・鈴木 将久・佐藤 賢・池上 善彦・坂本 ひろ子・中島 隆博・毛利 亜樹・杉浦 康之・井上 正也・丸川 哲史・中里 効(2018)『現代中国入門』、ちくま新書