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【語り】素人でも美術館をハックする方法

【語り】素人でも美術館をハックする方法


こんにちは。そろそろサイト上での一人称を決めたいと思っています。大学生です。私は芸術 特に美術とは無縁の人生を送って来ましたが、美術館にはそれなりにいきます。かといって美術に関する知識を深めようとか、造詣を深めようとかするわけではありません。

私的美術館を訪れる目的

僕は美術館にエネルギーをもらいにいきます。何度も言いますが、別に美術の知識を得るために行くわけではありません。自分が何者であるのかとか自分ってどういう人間なのかがわからなくなったらいきます。その「処方箋」として「美術館」はなかなかいい方法です。

どういうことか。読み進めてもらえればと思います。

美術館の「順路」は無視

手軽にいける「世界遺産」ですよね

今日僕が伺ったのは「国立西洋美術館」ですが、今の時期、「プラド美術館展」をやっているようです。僕は素人なので、プラド美術館がスペインにあることぐらいしかわかりません。ベラスケス?世界史でやったことあるな。それぐらいです。別に「プラド美術館展」がやっているから来たわけではないのでそこは本質ではありません。

入館料1000円を払って中に入ります。慶應義塾大学の学生は割引価格で入れますよ!ぜひ美術館にいきましょう。

なにやら、たいそうな絵画が並んでいます。じっくり見てもその作品の素晴らしさなんてわからないので、すっとばしましょう。「すっ飛ばす」といいました。「すっ飛ばす」ってなんやねん。と思った人も多いかと思います。ここでの「すっ飛ばす」とは「順路」通りに進まないということです。多くのというか、ほとんどの人は順路通りに進みます。僕はこんなことはしません。早歩きで館内を闊歩します。どうせじっくり見てもわからないのだから。ザーッと見ます。

素人的鑑賞方法

あ。この絵いいな。そこで初めて立ち止まります。直感で!

ここで絵の解説なんて絶対見ません。余計な思い込みが増えて、鑑賞に悪影響です。文字を読んでわかった気になるなら別に美術館に来る必要はないのです。

どこが自分にとっていいなと思ったのか。必死に考えます。答えなんてありません。必死に考えるのです。で、これかなと思ったら、また歩き出します。うろうろします。これの繰り返しです。そうするとああこういう感じの絵が自分は好きなんだなってわかって来ます。これは「美術館がすごく楽しくなる本」にも指摘があるところです。

ちなみに僕は頭のおかしい絵が大好きです。簡単な例を出せば、ピカソの「泣く女」とか。作者がどんな風にこの世界を見ているのか。想像するだけでドキドキして来ます。

それにしても、美術館の「順路」なんて無視してしまいましょう。1つの絵を見て、いいなと思って考える。うろうろして来るうちに、一回みた絵でも、違うところに目がいったりします。「順路」に従っていたら、こんなことはできません。とりあえず「順路」を無視して、うろうろ。立ち止まる。美術館のスタッフには変人だと思われるかもしれませんが、関係ありません。ドヤ顔でうろうろしましょう。イヤホンをして、周りの音をシャットアウトするのも効果的です。

立ち止まった作品の前で、作者がなぜこの作品を書いたのか。どんな思いで書いたのか。どこで書いたのか、想像しましょう。想像して、目の前の作品に向かい合いましょう。おそらくそのアウトプットしたエネルギーに圧倒されるはず。そのエネルギーは自分の内省を促します。その熱量、エネルギーを前にすれば、今の自分の人生が、なんと熱量不足か思い知らされます。

自分の人生の中でこんな熱量を持ってやれることがあるのか。ないのなら探そう。そんな思いにさせてくれます。これで1000円か。安い!!

死後、400年以上してもなお、こんなに人々に見られ、エネルギーを与え続けるアウトプットに出会える。その凄さにただただひれ伏すばかりです。

絵の前でただひれ伏せばいい

圧倒的な美術の知識を持っていて、極めて多角的に絵画を眺めることができる人なら、じっくりみるのもいいですが、僕のような美術に関してズブの素人の方は、絵画の持つ圧倒的なエネルギーの前にただただひれ伏すしかありません。でもそれでいいのです。

無理に美術の知識を増やす必要はありません。

絵の前でドヤ顔で「これは印象派のやつでね」なんていってもなんの意味もありません。作者自身は「俺、印象派です」と意識して書いていることはないのだから。

「創造」されたものの裏側を「想像」してみる。そんな営みができるのは素人の特権なのですから。

見学中、あかちゃんが「おぎゃー」と泣いておりました。あらあら。すごいアウトプットだな。エネルギーだな。と思いました。人間誰しもアーティストです。

ここまで読んでくださりありがとうございました。