【遅いインターネット】「逃げ場」としてブログを使おう

【遅いインターネット】「逃げ場」としてブログを使おう

速いインターネット

速い。あまりに速すぎる。

ツイッターもインスタグラムもフェイスブックも。情報の流れが速すぎる。

ブッ飛んだスピードで爆走するタイムラインをぼんやりと見ながら、僕は逃亡場所を確保するのに躍起になっていた。

僕は大学4年生。最もコロナ禍の影響を受けない類の人間だ。しかし、僕のようなコロナ禍の影響を受けない人間でさえ日々変動する情勢に少しばかりの心疲れをしている。

事業をやられていたり休校になった子供を持つ家庭は僕の比ではないだろう。しかし我慢しなければならないのも事実だ。

話をインターネットに戻そう。

インターネットを通じて情報を獲得することは大切だ。情弱が損をする時代なのもわかっている。しかし、今のSNSでは本当に大切な情報は埋もれてしまう。いや、正しくは大切な情報は流れていってしまう。

最近ではネット上の情報の速さには磨きがかかっている。新型コロナウイルスのせいだ。あまりに流れが速すぎると大切な情報が何かはわからなくなる。

いわゆるリテラシーのないユーザーたちは何が大切かもわからず、それっぽい投稿をシェアしたりリツイートしたりしてしたり顔になっている。

『遅いインターネット』(後述)的に言えば、タイムラインの潮目を読み、自分が「いいね」がとれそうな内容を発信することに注力してしまう。

僕もまた大量の情報を的確に処理するほどの能力を持っていない。

インターネットの速さについていけない僕を含めた凡人は情報の波に飲まれ、ますます凡人化する。情報を咀嚼できる能力を持たないにもかかわらず発信できる能力は持っているからだ。

その結果、多くの情報を前にして即応的になり、考える力が衰えているのを自覚しないまま、自分でオリジナルの意見を言った気になっている。

以上のような行為を行えば真偽不明の大量の情報の渦を作る一端を担いかねない。僕にとってそれは不本意すぎる。避けなければならない。

確かに速いことは悪いことではない。徹底的に速くあろうとすることで多くの成長を果たし、多くの問題が世界から消えてきたからだ。

しかし、実際は速い世界の恩恵を受けられるのは一部の有能な人間だけだ。

速くともついていける一部の人間だけがーむしろ彼らはその「速さ」を作り出している張本人だがー世界をリードし、莫大な資本主義的恩恵を受けている。

凡人をバラすインターネット

悲しいかな。世の中の多くの人は凡人だ。発信できる世の中になったからこそ人は凡庸になる。いや凡庸であることがバレてしまう世の中になってしまった。

インターネットのありがたくも悲しい現実である。ではそのインターネットと適切に距離を取るにはどのようにすればいいのか。

「考える力」をつけるには

『遅いインターネット』にも書いてあるように読み物をして書き物をして、「書く」と「読む」を両輪駆動として、「考える力」をつけるしかないだろう。

「考える力」とは今ある問題に是非を明言する能力のことではない。新たな情報に出会ったときに自分との接点を見出しながらオリジナルの視角を提供することだ。

平たく言えば新しい視点を提供することだ。それはツイッターのニュースアカウントに自己見解を述べることでは達成されない。

ネット全盛の時代に自己が肥大化することは仕方ない。だからこそより健全に自己を肥大化させないといけない。しないと容易に人は考える力を失ってしまう。

思考力を失わないためにも「読む」と「書く」をしなければならない。しかし、今まで見てきたようにSNSは「書く場」としては相応しくない。

だから「逃げ場」としてブログを使うことに僕は意義を見出している。

拡散を気にせず、ひっそりとGoogleに記事を置いておくことができる。これが「書く」行為を内省化できるブログ最大の魅力だ。

肥大化する自己を健全に抑制し、自己の中に「書く」行為を留めておこう。

だから僕はここに逃げてきた。あまりに速い世の中でせめても自分の力で情報との接し方をコントロールするのならブログに逃げるしかない。