冷戦史を学ぶには必須の一冊!「冷戦史」の書評!

冷戦史を学ぶには必須の一冊!「冷戦史」の書評!

「冷戦史」概略

 まず、「冷戦史」(以下、本書)の概略について簡潔に述べたい。第二次世界大戦終了から1989年に終了宣言が出るまで続いた「冷戦」。その歴史をコンパクトにまとめたのが本書である。本書は歴史書として1945年から1989年までの冷戦の展開を扱っている。著者はロバート=マクマン。アメリカ出身の国際政治史の専門家で、現在はオハイオ州立大学歴史学部名誉教授を務めている。政治史を専門とし、本書においても冷戦を構造的に分析するよりも、その展開を物語調に語ることに重心が置かれている。著者の本書での目的は以下の四つを明らかにすることである。①冷戦の起源 ②冷戦が世界に展開した理由 ③冷戦が突然に終焉した理由 ④冷戦が与えた影響である。本書はこれら四つを主題にして、時代順に展開していく。

 著者は、第二次世界大戦後のドイツの処遇をめぐる米ソの対立を冷戦の起源にみる。しかし、1945年以降グローバル化が進む中で冷戦はヨーロッパに起源を持ちながらも、その舞台を世界全体へと拡大していく。当然、冷戦は複雑化し、冷戦が持つ論点も多数になる。本書はそれら多くの論点をまとめるものである。その描き方の特徴は地球を俯瞰的に眺めながら、巨視的な視点を持って冷戦史を描く点に見られる。

「ポスト冷戦時代」に歴史を学ぶ意義

 冷戦が終わり、30年が経過した。「冷戦時代」は過去のものになりつつある。冷戦が終わった直後、世界は楽観論にあふれていた。当時の楽観論を象徴するのが、フランシス=フクヤマによる論文『歴史の終わり』である。冷戦終結によって、ソ連が崩壊し、アメリカ覇権が確定したように思われた。フクヤマはそのアメリカの勝利を民主主義体制の勝利と位置づけ、今後は民主主義が広まるだけであるとの予測を提示したのだ。体制競走としての「歴史の終わり」である。

 しかし、それからの30年に「冷戦時代」のような確固たる名前はつけられていない。これは冷戦以後、確定したかに思われたアメリカ覇権が早くに動揺を見せ、世界が新たな秩序が見出せていないからである。冷戦後の30年が「ポスト冷戦時代」と呼ばれるのもその証左である。

 その時代文脈の中で本書を通じて、歴史としての「冷戦」を学ぶことは意義深い。現在を規定する歴史を理解し、混沌する世界情勢を見通す力を養うためである。しかし、フクヤマのような「未来予測」としての歴史学習には危険が伴う。世界の多くの人が激賞した『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリは歴史を学ぶ意義について次のように考察している。「歴史を研究するのは未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私の状況は自然なものでも必然なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。」(ハラリ 2016 p.48)ハラリは歴史を学ぶことで未来予測の決定論を導くことができないことを指摘する。先述した「歴史の終わり」もポスト冷戦時代の決定論にはなり得なかったのだ。

 歴史を学ぶことで得られるもの。それは過去の多様性と未来が秘める多様性を理解することである。この点、本書は冷戦の展開を、米ソの対立のみを描く単一的な視点では描いていない。だからこそ、ハラリの言う過去の多様性を実感でき、歴史を学ぶ意義、醍醐味を教えてくれる。第4章「グローバル化した冷戦」や第6章「国内冷戦の様相」では、米ソの体制競争以外の冷戦が持つ多様性が描かれている。冷戦の軸は確かに米ソ対立である。しかし、冷戦を利用して、自らの目標への近道を模索しようとした第三世界や冷戦の影響を受けた各国の国内事情などにも言及がなされている。米ソの体制競走以外の冷戦の展開の多様性が見て取れる。このように本書を学ぶことで歴史の多様性を、俯瞰した視点から描くことができるのだ。

過去を理解し、新時代を見通すために

 細谷雄一は「新しい時代を見通すにはこれまでの歴史を正確に理解することが必要である」と指摘する。(細谷 2012 p.282)至言である。冷戦は現在を生きる我々にとって一番近い歴史である。「冷戦」という歴史はまさに現在の日本の立ち位置を規定する大きな対外要因なのだ。それゆえ、冷戦は現在から未来を見通す力をつける上で格好の「教材」になりうる。本書は「教材」として、冷戦に対する解像度を高めてくれる。

 最後にいくつかの注意点を述べておく。一点目は本書はアメリカ人国際政治史学者の目線からの「語り」であるということだ。冷戦の主人公である二大国、すなわちアメリカとソ連のうち、片側からのみの語りなのだ。ソ連側の詳細な語りは記されていない。ソ連から、または第三世界からの冷戦への目線を取り入れることによって、より立体的な冷戦史への理解が得られるであろう。二点目は、本書の目的③:「冷戦が突然に終焉した理由」に対する論考が不十分に感じられた点である。本書によれば、冷戦の終焉はゴルバチョフ自身の思想に由来する。しかし、彼自身の思想がなぜ醸成されたのかの背景までは言及されていなかった。

 しかし、本書の原文の副題である「A Very Introduction」が示すように、本書は入門書であり、冷戦の流れを大まかにつかむことに焦点が当てられている。当然、ページ数は限られており、すべての論点を詳細に語ることは難しい。また、折々にソ連の視点を入れようとする著者の努力は垣間見え、上記二点が本書の価値を失わせるものではない。本書を冷戦理解の足がかりとして位置付け、より学習を深めていく読者の姿勢が求められる。

参考文献

 ・中西寛 石田淳 田所昌幸(2013)『国際政治学』、有斐閣

 ・ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)『サピエンス全史 下』、河出書房出版

 ・細谷雄一(2012)『国際秩序』、中公新書

 ・戸田山和久(2012)『論文の教室』、NHKブックス