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オススメ映画!|今さら「帰ってきたヒトラー」の紹介をするよ※少しネタバレあり

オススメ映画!|今さら「帰ってきたヒトラー」の紹介をするよ※少しネタバレあり

「帰ってきたヒトラー」は2016年6月に日本で公開されました。今さら感がありますが、やっぱりオススメなので、記事を書きます。「AmazonPrime」で視聴可能なので、興味のある方はぜひご覧くださいませ!

「ヒトラー」はいつも人々の中からあらわれる

この映画を楽しむには「ヒトラー」を知らないといけません

舞台は2014年のベルリン。第二次世界大戦の敗戦とともに散ったはずのヒトラーが現代のドイツに帰ってきます。蘇った「ヒトラー」が現代ドイツの根深い問題を暴いていく映画です。

アドルフ・ヒトラー。1933年から約12年間、かの悪名高きナチス=国民社会主義ドイツ労働者党(長い)を率いた独裁者。ユダヤ人を迫害し、数百万人を虐殺。第二次世界大戦を開始させ、ヨーロッパ、そして全世界を戦争の惨禍へと引きずり込みました。

ナチス、そしてヒトラーがドイツ、そしてヨーロッパに負わせた傷は計り知れないものでした。戦後、ドイツでナチスは「タブー」になったのです。ナチス式敬礼などナチス関連の行動はもちろん禁止。公共の場でナチスを匂わせることをしようものなら即刑務所行きです。

教育の場でもナチスの悪行はしっかりと戦後世代にも教えられ、ナチス、ヒトラーは戦後70年間をかけて社会の中に永遠に埋葬されたはずでした。しかし…?

思いの外、「ヒトラー」に好意的なドイツ人

「帰ってきたヒトラー」は、社会の中に埋め込まれていた「ヒトラー」を社会に復帰させるといういわば「ショック療法」的な映画です。

ヒトラーが草むらに横たわっているシーンから映画は始まります。どこからどうやってヒトラーが復活したのかはわかりません。しかし、ヒトラーは突然人々の中に現れるのです。

映画の中でテレビに出演する「ヒトラー」を多くの人は「コメディー」だとの受け止め方をします。ここに危険性があるのです。ヒトラーがもたらした未曾有の被害はもはやドイツ人にとって所与のものになってしまったのです。

ドイツ人はヒトラーが危険だということはわかっています。ドイツ社会のタブーであることもわかっています。しかし、実際にヒトラーが目の前に現れると、それはブラックジョーク以外の何ものでもないのです。結局、「教育」や「社会の風潮」だけではヒトラー(やそれに類するもの)に対する「拒絶感」を生み出せないことを示唆しているのです。

民主主義が生み出した「ヒトラー」

よく知られたことですが、「ヒトラー」がドイツの指導者になったのは正当な民主主義的なプロセスを通じてでした。「ヒトラー」は紛れもなく、ドイツ人の中から現れたのです。

それはこの映画でも同じです。「ヒトラー」が危険な存在だと思っても、彼の政治の本質をついた発言が閉塞感あふれる社会を切り続けていると、「ヒトラー」はいつしか自分たちの味方だと、僕たちを守ってくれると感じてしまうのです。

ヒトラーが言っていることの本質は「敵」と「味方」を絶対的な基準で分けることです。人はマジョリティに入りたい動物です。ヒトラーには騙されないぞ!とヒトラーを笑っていた人が、結局、みんながみんな「ヒトラー」と一緒にドイツ人社会を笑っているのです。

ドイツ人に限った話ではありません。「ヒトラー的」なものは世界中どこにでも潜んでいます。その「ヒトラー的なもの」を社会の中から復活させるのは紛れもなく市井の人々なのです。

「ヒトラー的なもの」にどう立ち向かうかを教えてくれる

本物のヒトラーが現れた時、ナチ党は小さな小さな政党でした。しかし、ドイツ人が直面していた困難とヒトラーが奇妙な共鳴を見せ、気づけばドイツはヒトラーに乗っ取られていたのです。

振り返ってみれば現在、ドイツは「ヒトラー的なもの」と奇妙に共鳴を見せる状況が整っています。世界を見渡してもアメリカのトランプ、フランスのルペン、中国の習近平など「ヒトラー的なもの」が存在感を強めている事実があります。

全体主義が跋扈した今から70年前。その時代の反省と教訓は今の時代、人々にしっかりと根付いているでしょうか。映画とはいえ、ドイツ人の反応を見るに答えは否。

最後のシーンでヒトラーの「私から逃れることはできない」というセリフがあります。「ヒトラー的なもの」から逃れることはできないのです。この映画は「ヒトラー的なもの」という幻想に振り回され続けるドイツ人社会を通じて、全体主義やポピュリズムにいかなる反応をしていくのかを考えさせられるものでした。