【語り】惰性生産工場

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大学の生協の入口のことである。

座っている人がいる。

地べたには座っていない。

椅子に座っている。

小ぎれいなスーツをまとい、背筋もそこそこ伸びている。

同性から見ても、結構イケメンだ。

 

彼が誰かを私は知らない。

それにしても何かがおかしい。

彼は生きているのだろうか。

とても不安になる。

無論、彼個人の問題ではない。

若々しく前途洋々な若手職員を真昼間から大学生協の入口に設置している。

設置しているのは、資格試験会社や自動車学校。

彼らの武器はポケットティッシュであるが、その武器が通行人に刺さることはない。

彼に限った話ではない。

僕の通う大学では自動車学校・資格試験対策学校のスタッフが闊歩している。

洗脳に近いレベルで、ポケットティッシュを配ってくる。

通行人はほぼほぼ大学生だ。

彼らは青春を謳歌している。

青春とは楽しいものだ。

全てがキラキラしている。というのは、幻想だと私は思うが。

人生を楽しんでいる大学生にとって、ポケットティッシュが必要なのは鼻水が出まくって、すでに口の中に侵入している時だけだ。

汚い話をしてしまった。

 

 

大学生協の入口に設置されている男性を田口(仮名)としよう。

田口の前を通りかかった大学生を小林(仮名)としよう。

何やら巨人のバッテリーみたいな名前になった。

 

田口は死んだ目をしている。

小林は生き生きした目をしている。昨日オールをしたのにもかかわらずだ。

その対比が面白い。

目の新鮮度とでも言おうか。

目の新鮮度に圧倒的隔絶性をもつ彼ら。

 

小林が生協の前を通る。

 

小林は別に田口のことは気にしていない。

 

だが、田口は小林にアプローチしなければいけない。

仕事のためか。それとも少し目の新鮮度を分けてもらうためか。

それはわからない。でもやらなければいけないのだ。

 

田口はポケットティッシュを持った。そして立ち上がった。

田口にとって生協の入口に設置されるということが不本意か。満足か。それはわからない。

私の圧倒的な主観によって、田口はその運命に不本意な感情を持っているとされた。

そのことこそが、田口にとって最も不幸なのかもしれない。

 

ポケットティッシュを持った田口は自身のため・会社のために小林にアプローチした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、大丈夫っす」

なんということだろう。

田口が自身の持てる力を振り絞ったかはわからない。

惰性でアプローチしたからかもしれない。

田口の挑戦は失敗した。

 

田口の中の惰性は

「あ、大丈夫っす」という7文字によって再生産されることになった。

 

お昼時。通行人が多い時なら、田口も次にチャレンジできる。

 

しかし、太陽はすでに老け始め、武蔵小杉のタワマンをオレンジ色にしている。

通行人はもういない。

 

元どおり、椅子に再び座る。

 

この話は僕の頭で作ったものだ。

 

でもこの話に近しい話は日常的に繰り返されている。

 

ポケットティッシュが欲しくなったらいつでももらえる。

これはとても素晴らしいことだ。

 

学生にいつでもポケットティッシュを!

そういう目的ではない。その目的ならペッパー君をおいた方が良い。

設置されているのは、人間である。

 

 

惰性が量産されているのを見るのは通行人の立場からしても辛いのである。