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【3日目】火の国・熊本で自然の厳しさを知る【地震】

【3日目】火の国・熊本で自然の厳しさを知る【地震】

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第3日目 8月13日 @熊本県熊本市

これはひどい…

あの日から2年と4ヶ月あまり

はい。こんにちは。旅する議論屋大学生(仮)です。

月日の流れは早く、熊本地震は人々の心の中から忘れ去られようとしています。熊本の人々を除けば。の話ですが。

熊本地震は2016年4月15日に本震が発生しました。熊本県益城町では最大震度の7。ここ、熊本市では6弱の大きな揺れを観測しました。

死者は災害関連死を含め、267人。

多くの建物が崩れ、土砂崩れが起き、ライフラインは寸断されました。

そんな様子を僕は浪人生時代にテレビ越しに眺めるだけでした。

熊本城の惨状と現状

人は何かつらいことがあった時、何かにすがりたくなるものです。何にすがるかといえば、宗教かもしれないし、自分が大切にしてきたものかもしれません。

熊本の人たちにとって、熊本城はそのすがるものになるはずでした。町の中にずっしりと構える熊本城は地震で厳しい状況にある熊本人にとって心のよりどころになるはずでした。

しかし、その熊本城は地震を前にして脆くも崩れ去ったのです。約3割の石垣が崩壊。重要文化財に指定されていた建造物が多く、崩壊しました。

熊本に縁もゆかりもない私が偉そうに言葉を綴るのは恐縮です。でもそんな僕みたいな人が少しでも発信することに価値があると思うのです。

今の熊本城は大部分が立ち入り禁止です。その姿は熊本市役所の展望台から眺めることができます。

すべての修理が完成するまでにあと18年。いかに被害が大きかったかがわかります。熊本の人々は奇跡的に残った一本石垣に一縷の望みをかけながら、心のよりどころの復活を願っていることと思います。

火の国・熊本で自然の厳しさを知る。

熊本は「火の国」と呼ばれています。なぜ「火の国」と呼ばれるのかは諸説あります。阿蘇山という偉大な活火山を抱えているから。かつて、不知火に導かれて景行天皇がこの肥後国を訪れたからなど、はっきりとはわかっていないのです。

しかし、今日は最高気温37度。はっきりと「火の国」としての姿を熊本は見せてくれたのです。地震のつめ跡とこの暑さ。僕は日本の自然の厳しさをはっきりと感じたのです。

指宿を目指して揺られ続ける

熊本を後にし、目指すは鹿児島県の指宿です。九州新幹線で1時間南下。初の鹿児島は目の前です。鹿児島中央駅に到着した後、指宿枕崎線に乗り換え。この指宿枕崎線、とんでもなく揺れる。飛行機なら墜落を覚悟するレベルです。

しかし、乗りごごちの悪さと引き換えに美しい景色を望むことができます。錦江湾の青々とした姿。錦江湾を挟んで奥に見えるのが大隅半島。そして何より、鹿児島の象徴、桜島。

美しい景色とともに、国鉄時代のJR九州の車両がより一層の旅情を僕らに与えてくれるのです。鹿児島、すぐ好きになってしまいました。ではでは。