【4日目】予想外の充実度!鹿児島市内観光

【4日目】予想外の充実度!鹿児島市内観光

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3日目】火の国・熊本で自然の厳しさを知る【地震】

第4日目 8月14日 @鹿児島県鹿児島市吉野町

いやあ。綺麗だなあ。美しいなあ。

けむりもくもく

はい、こんにちは。旅する議論屋大学生(仮)です。九州旅行4日目。宿泊していた指宿市より鹿児島市内中心部へと向かい、そのまま市内観光をすることになっております。よろしくお願いいたします。

結論から言うとかなり充実しておりました。鹿児島、侮ってました。

桜島を使ってしまえ

日本人であるならば、折に触れて「庭園」を訪れる機会は多いのではないかと思います。「庭園」は昔の美意識を今に伝えるものです。美しい空間で過ごしたい。「庭園」にはそんな思いが端的に現れている場所です。人工的に、そして三次元的に美を表現することで、時間がたっても色褪せない魅力を持ち続ける場所なのだなと思うのです。

鹿児島中央駅からバスで30分ほど。かつての薩摩国領主、島津光久公によって造園されたのが仙巌園です。

錦江湾と桜島

美しいなあ。

仙巌園は桜島を「築山」として利用した「庭園」です。「築山」とはコトバンクによれば

日本庭園に人工的に土砂を用いて築いた山

です。おいおい。築山って「人工的」じゃないですか。桜島は「築山」だけど、人工物じゃないですよ。そんな矛盾を指摘する声もありましょう。

でも、桜島はそんな些細なことも吹っ飛ばすような悠然とした姿で錦江湾に浮かんでいたのでした。

その姿をみた島津光久公が庭園の一部として、桜島を「築山」として使ってしまえと仙巌園を作ったのでしょう。仙巌園は桜島をたっぷりと使って、美しい空間を作り出しています。

人が設計して、計画通りに作る「庭園」。人の手によって作られる空間=庭園に、桜島という自然の恵みを溶け込ませている。相反する概念、人工対自然。その二つを絶妙なバランスで配置し、鹿児島を象徴する空間にした先人たちの美意識に感服するばかりです。

健全なナショナリズムを感じることができた

今年は2018年。全てが加速度的に変化する激動の時代です。今からちょうど150年前の1868年。日本は今と同じか、それ以上に激動の時代にいたのでした。

せごどん

1867年 大政奉還。

徳川幕府は弱体化し、日本国内には数々の矛盾が吹き出していました。時の将軍、徳川慶喜は朝廷に政権を譲ります。江戸時代が終わったのです。

日本を誰が統治するのか。日本を誰が引っ張るのか。それをめぐって熾烈な駆け引きが行われた時代だったのです。その結果の大政奉還でした。のちに明治維新と呼ばれる一連の改革の始まりです。

日本激動の時代の中心にいたのがここ薩摩でした。

2018年度の大河ドラマ「せごどん」その主人公は西郷隆盛です。西郷は薩摩藩藩士の身分から薩摩ため、日本のため戦い続けた誇り高き武士であると言えるでしょう。

「日本をよくしたい」という健全なナショナリズムに支えられて、ここ薩摩から飛び立っていた多くの人々がいたのです。

鹿児島中央駅前

「ナショナリズム」という言葉は今ではすっかりいかがわしい言葉になってしまいました。でも、自分の生まれ育った土地が外国の脅威に晒されている。このままでは日本は潰れてしまう。そんな思いに駆り立てられた「ナショナリズム」は結構すてきなものだと思うのです。

大河ドラマの影響もあって、鹿児島市内は西郷隆盛一色。大河ドラマ館も営業中です。

僕が訪れた「維新ふるさと館」「黎明館」でもその「健全なナショナリズム」を感じることができました。薩摩国から遠く離れた江戸を憂い、日本全体を憂い、行動した。それを支えていたのは「日本をよくしたい」という「健全なナショナリズム」でした。

西郷の盟友・大久保利通

ここ、鹿児島では確かに薩摩国の息吹が感じられたのです。

ここまで読んでくださり、ありがとさげもした。ではでは。

薩摩のやっせんぼ