好きなことを議論するのは本当に楽しいことなんだよね

好きなことを議論するのは本当に楽しいことなんだよね

この記事は議論の楽しさについて語ったものです。

議論は何も難しいものではない

「議論」と聞くとなんだか難しいもののように感じてしまう人がとても多い印象を持っています。やっぱり「議論」には、いかつい自称専門家が持論を述べ合うイメージがあるからなのかもしれません。

しかし、本当の「議論」ってのはそんなものじゃないと僕は思ったりします。自称専門家が日曜日のテレビでやっていることなんて「議論」じゃない。「持論の発表会」にしかすぎないのです。

本当の「議論」は自分と他者とが言葉を通じてつながることです。究極的には「議論のテーマ」なんてどうでもいいんです。「議論」を通じた知的な営みが自分と他者との間で広がっていく。そのこと自体が本当に楽しく、価値あることであると僕は思います。

議論は「知的な営み」だ。こう聞くとやっぱり議論に対して身構えてしまう人が多いということは重々承知をしています。しかし「議論」は本来ならとても楽しいことだと思うのです。またあとで書きますが、議論にはとても長い歴史があります。人類が言葉を発明した時、それは議論誕生の瞬間だったと言っても過言ではないでしょう。こんなに長い歴史があるなんて議論が楽しいものであることを示しているのではないでしょうか。

そんな楽しい「議論」を楽しむにはどうしたらいいのか。それに関しては次のチャプターに論を譲ろうと思います。

おしゃべりの延長としての議論

「議論」は楽しいものって言われてもなあという人。それもそのはずです。もしあなたが僕と同じような大学生ならそもそも議論をする機会もあまりないでしょうし、社会人なら会社の中での意思決定といったような必要に迫られた議論しかしていないのではと思うのです。

純粋に「議論」を楽しむには、普段しているおしゃべりの延長線上に「議論」があると思ってみてはいかがでしょうか。というご提案。

普段しているおしゃべりがどう議論になるのか。簡単です。「理由」をのっければいいのです。「なんで好きなの?」とか「こういう理由だから好きなんだよね」とか。

これだけで単なる「おしゃべり」だったものが、「議論」になります。日常会話で一番盛り上がるのは自分と相手の間に共通点が見つかった時です。

「僕もその映画見た!」「え、あなたも!!!」

会話の中で共通点が見つかると人はとても嬉しいものです。嬉しいからもっと会話したくなる。だから盛り上がる。共通点が見つかると会話はとても楽しいものになります。

その「会話」をより深める方法が「なぜ」「〇〇だから好きなんだ」ですね。会話には「タテ」と「ヨコ」があります。普通の会話は基本的に「タテ」の動きはありません。次々と話題が移り変わっていく「ヨコ」の動きがあるだけなのです。

「議論」は「なぜ」を使って、「タテ」の言葉のやり取りを行なっていくものです。普通の日常会話とちょっとやり方を変えるだけで簡単に「議論」をすることができるのです。

議論はこれからも続いていく

「議論」は本当に長い歴史を持っています。ヒトは徹頭徹尾、「社会的」な動物なので、言葉を通じて社会の中で交わり続けます。古代ギリシャの時代、ソクラテスがポリスの中で「善い生き方とは」を議論を通じて考えた頃から、議論は人間社会のあらゆるところで発露してきました。

ヒトがいる限り「議論」は存在し続けます。その議論を楽しめたら、人生は本当に楽しいものになると思うのです。

議論。それはヒトが「言葉」を発明した時に一緒に生まれた副産物。人類は言葉を戦わせることによって様々な発明をし、発展してきました。副産物としてはあまりに偉大な「議論」ですが、怖気付く必要はありません。

普段の会話に「なぜ」を追加するだけです。普段の会話がより知的でより楽しくなるはずです。そして何より話していた相手のことがより理解できるでしょう。よりよく人と「つながる」ための議論はあなたの人生をグッとアップデートしてくれます。