EUの対外政策についてわかりやすく解説します。

EUの対外政策についてわかりやすく解説します。

EUの対外政策

今回は EU の対外政策について確認をしていきます。EUはその外部と非常に多様で複雑な関係を持っています。

例えば、近隣諸国との間にENP という外交政策をとっています。ENPにはアルジェリアやエジプト、イスラエル、ヨルダンなどの加盟国があります。

これを結ぶ目的は拡大した EUとその近隣諸国との間に分断線が生じることによる対立を防ぎつつ、すべての国にとっての繁栄や安定安全を強化することです。

他にも日本との間に戦略的なパートナーシップ協定を結ぶなど積極的な外交関係を構築しています。以上のように、EUの対外政策とは一つのアクターとして国際社会に登場する政策分野のことを指します。

EUが対外政策を形成するまでの流れ

 EU が対外政策に至るまでの取り組みを確認しましょう。1950年代から EU の対外政策は始まりました。EUの対外政策は1950年6月に始まった朝鮮戦争に呼応するように始まりました。朝鮮戦争によってアメリカにヨーロッパでの冷戦の広がりを懸念させました。そのアメリカの懸念に応えるように、フランスのプレバン首相が欧州防衛共同体条約(EDC)の準備をしました。

しかし、1954年、この欧州防衛共同体条約はフランスで条約批准がならず失敗に終わります。1970年10月、欧州政治協力が発足します。これは EC とは別の枠組みでヨーロッパ各国の外交協議の場として設けられました。具体的には、定期的な情報交換及び協議、国際問題に対しての相互理解、意見の調整、共同行動などをその活動の内容としています。

1987年発行の単一欧州議定書によって、外交政策の分野での欧州協力に関する規定が初めて条約上明記されました。1993年発行のマーストリヒト条約にて共通外交安全保障政策が EU 独自の政策として設立されました。

1997年の旧ユーゴスラビア紛争などによって国際情勢、特にヨーロッパ情勢が不安定になると、2009年発行のリスボン条約では外務省に担当する欧州対外行動庁が設置されました。そのトップには外務安全保障政策上級代表としてアシュトンが就任し、共通外交安全保障政策は共通安全保障防衛政策へとその性格を変えることになります。

補足:ユーゴスラビア紛争について

ユーゴスラビア紛争は1992年3月のボスニアヘルツェゴビナの独立を機に勃発しました。国内に居住するムスリム、セルビア人、クロアチア人の3民族によって争われました。この紛争に対して国連はアメリカフランス軍兵士を中心とした国連 PKO 部隊を紛争地に派遣します。EU は欧州安全保障防衛政策に基づいて初めてのミッションを10回行いました。

共通外交安全保障政策マーストリヒト条約の発効時、EC は三本の柱からなっていました。共通外交安全保障政策はその中でも第2の柱として位置づけられていました。共通外交安全保障政策は他の政策領域とは異なって、全会一致の原則でもって決定され立法行為の採択からは除外される性格を持ちます。

EUの対外活動・5つの柱

 EU の対外活動としては主に5つの柱があります。

1つ目が開発人道支援活動です。EU は加盟国と協力し、主に開発途上国に対して世界最大の援助を行なっています。飢饉に苦しむアフリカ諸国や天災によって、被害を受けた国々に対しての支援活動を積極的に行っています。

2つ目が欧州近隣政策です。先ほど言った ENPを通じてきたアフリカ、中欧、東欧、コーカサスという地中海沿岸諸国及び旧ソビエト連邦諸国を合わせた16カ国2億6000万人を内包する政策をとっています。

3つ目が四者会談による中東和平交渉への関与です。カルテット、国連、アメリカ、ロシア、EU によって中東の和平交渉は進められています。

4つ目が人権問題の啓蒙活動の主体としての EU です。EUが強調する人権尊重の概念が世界中に普及するように政治的対話や開発支援、多国間フォーラムを実施しています。

5つ目が共通安全保障防衛政策です。加盟国が合意した場合に限り可能な範囲で協力を行っています。共通安全保障防衛政策では軍事的安全保障政策と非軍事的安全保障政策の二種類があります。 

まとめ:EUは1つのアクターとして影響力増大?

国際社会での様々な問題、例えば、テロ、気候変動、エネルギー安全保障などにおいては加盟国ではなく EU 全体で答えを出す必要性があります。2009年12月に発行したリスボン条約によって対外関係で一つの声を発信することが可能になりました。機構改革による担当者の設置などによって国際社会における EU の影響力の増大が予想されています。