第1回 ヨーロッパ近代史を政治史の面から読み解いてみよう!【ウェストファリア体制の成立】

第1回 ヨーロッパ近代史を政治史の面から読み解いてみよう!【ウェストファリア体制の成立】

こういう歴史物ってとりあえず書いておけば、安定して読んでくれる人がいるんですよねー ヨーロッパ近代史を政治の面から読み解いていこうという話です。

世界史を学んでいる人も、政治史の面からまたヨーロッパ史を眺め返してみましょう。高校生や学び直しの社会人の方にも役に立つ内容になっています。

なお参考文献は細谷雄一先生の『国際秩序』です。中公新書から出ていますので、より深く学んでみたいというかたはアマゾンでポチってみてください。 

近代国際社会の形成  

近代国際社会の誕生  

カール5世(1519‐1530)の時代からお話を始めていきましょう。なぜこの時代からっていうと、ヨーロッパの近代が始まった時代だからなんですよねー。

この時代ってのは神聖ローマ帝国が世俗の権力を持っていた時代。一方、宗教的な権力を持っていたのは教皇。ってことはカトリック教会が圧倒的な力を持っていた時代ってことになりますね。

今みたいにドイツとかフランスとかそういうまとまり=主権国家はなくて、なんとなーく神聖ローマ帝国がヨーロッパ全体を支配していました。

しかし、キリスト教勢力が宗教改革とか30年戦争によって分断します。その中でプロテスタントが勢力を拡大させると「キリスト共同体」としての「普遍主義的な帝国」が終焉を迎え、その代わりに、世俗的な政治権力が強大化することになります。この「世俗的な権力」ってなかなか難しいけど、王様の持っている力が強くなったって考えるといいかも。

こうして、多数の主権国家が分立する近代国際社会が成立します。直接的な契機はウェストファリア条約からかな。あとでまた解説しますね。この時代からフランスーとかドイツ〜っていう枠組みが本格的にでてきた感じですわ。

この「主権国家」は宗教的な権力に拘束されない主権を有する政治主体として、相互に国際システムを作り出すことになります。今まではキリスト教に支配されていた感じだったけど、これからは、王様とか場合によっては国民が政治のことを決めていく時代になったってことですね。

そうして、「国家」を単位にした新しい国際システムが成立することになります。「中世」から「近代」への脱皮を果たそうとする西欧世界でしたけど、依然として神聖ローマ帝国の権威は強いままでした。

さて、ここで主権について述べておきます。主権は不干渉原則主権平等原則の二つからなります。主権とは外国から干渉されない権利で、主権を持っている国家はみんな平等ってことを言っています。主権にはそれ自体が従属すべき権力がない至高の存在なんですねぇ。

ウェストファリア体制の成立へ  

主権国家体制はウェストファリア体制とも言い換えることができます。主権国家体制には3つの特質があります。

  • 国家主権の概念
  • 国際法の原理
  • 勢力均衡の政治 

この三つの概念は現代にも通じる内容ですね。今の世界がこの時代から始まっていることがよくわかります。宗教戦争でばちばちしすぎた世界をいかに平和に保っていくのかを考えた末の結果なんですよね。

5大国が作る国際秩序 

さて、ウェストファリア体制が作られると主に5つの国がヨーロッパの中心に出てきます。その5大国ってのがフランス、イギリス、ロシア、オーストリア、プロイセンです。この5つの国を中心にヨーロッパの秩序が作られていきます。ではそれぞれの国家について解説していきましょう。

フランスは他国に先駆けて、急速に中央集権化を進めました。官僚制も整備し、効率的な国家機構を作り上げていきます。

イギリスはスペイン王位継承戦争を通じて、大国として台頭することになります。

オーストリアはドイツ領邦内では30年戦争を通じて、権限が小さくなりますが、オーストリアとハンガリー一体で領域国家へと変容することになります。

プロイセンはフリードリヒ大王の登場が契機に、軍事強国へと変貌していきます。19世紀にはオーストリアへと並ぶ大国へと成長していきます。

ロシアはピョートル大帝の出現が契機になります。バルト海での覇権国家・スウェーデンを敗北させ、北欧での覇権を獲得することになりました。

各国の思枠が複雑に絡み合って、ヨーロッパ史は展開してきます。長くなってしまうのでとりあえずここまでにしましょう。続編もぜひチェックしてみてください。ではでは。