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「視野を広げる」という言葉は使わない方がいいと思う

「視野を広げる」という言葉は使わない方がいいと思う

「視野を広げる」という言葉は使わない方がいいと思うって話を少しばかり。お付き合いください。

視野を広げろという圧力

視野を広げろ! 色々な経験をしろ!ってよく言われるよね。

誰にって、会社の上司とか? 学校の先生とか?自己啓発本を書いている人からかもしれない。

そんな「視野広げろモンスター」が周りにいて、君はきっと視野を広げなくてはならないと使命感に燃えているはず。

でも、一旦立ち止まって考えてみよう。なぜ視野を広げる必要があるのか。もしかしたら、視野なんて広げなくてもいいってこともあるよね。

てか、「視野を広げないと!」って思い込んでいるのが、一番視野の狭いことだったりするかもしれないんだけど。

視野が広い人ってどんな人だろう。ちょっと、一緒に考えてみよう。

視野が広いってどんな人?

パッと思いつくのは、知識量の多い人かな?

うーん。あんまり納得感がない。広辞苑を読み込んで、色々なことを知っていたら、視野の広い人なんだろうか。僕は違うと思う。

じゃあ、旅行にたくさん行っている人だろうか。確かに旅行は自分の知らない世界を知る絶好の手段だと思う。でも、旅行に行けば、無条件に視野の広い人になれるんだろうか?これも違うと思う。

一口に、視野が広い人って言っても、その定義とか中身は語るのが難しい。

曖昧な「視野が広い」の定義

てか、視野が広いって定義がわからない。

物事を多面的に見られること? 色々な価値観を知っているということ?

うーん。視野が広いを表面的に捉えれば、そうなんだろうけど、そもそも「多面的に」とか「価値観」っていう言葉が曖昧で、よくわからない。

「視野を広げる」ことを説明しようと思っても、ふわっとした言葉しか出てこない。

ということで、「視野が広がった」ってめちゃくちゃ危ない言葉なんだなって思うんだよね。

みんななんとなく「海外に行って視野が広がりました!」とか言っちゃうんだろうけど、それって「視野が広がる」っていう曖昧な言葉のせいで、ペラペラになっているのよね。

せっかくの経験を「視野を広げる」っていう曖昧な言葉でふわっとしたものにさせてしまうのは勿体無いと思ったりするの。

「視野が広い」って多分すごいことなんだと思う。物事を色々な切り口に見える人は素晴らしい。でも、そんなことは「物事をいろんな側面から見られてすごいですね」と言えばいいじゃん。別に「視野が広いですね」っていう必要ない。

変に「視野が広いですね」っていうと、ふわっとしすぎててもう謎。

「視野が広い」以外にも使っちゃう紋切りの言葉ってあるよね。「価値観」とか「色々な経験」などなど。これ全部、意味なし。曖昧すぎ。

ふわっとした言葉で自分の学びをボヤけたものにしないようにしようってことかな。今日はそんな感じで。ではでは。