【飛行機 離陸 】「人は慣れる動物」ってホント?

【飛行機 離陸 】「人は慣れる動物」ってホント?

飛行機が飛ぶという魔法

6月23日 夕方。3限の授業が終わる。普通ならインターン先に向かうはずの時間。しかし、この日は違った。僕は電車に飛び乗り、一路成田空港へ向かった。

空港に着いた。

電光掲示板にフライト情報が掲示されている。

あの巨大な鉄の塊が驚くべき数、この成田から飛び立っていることがよくわかる。こんなに多くの飛行機が飛んでいるのに、事故はほぼ起こらない。巨大な鉄の塊が飛ぶのも不思議だが、全然事故が起きないのはそれ以上に不思議である。

初フライトの回想

僕が初めて飛行機に乗ったのは中学生のころ。サンフランシスコまでの12時間のフライトだった。離陸時。轟音をあげるエンジン。異常なまでの加速。離陸直後の機体のおそるべき角度。

こんな感じで飛行機は飛ぶのか。何も知らなかった僕はびびった。

「絶叫マシン」なる人工物が苦手である。そんな僕にとって、初めての離陸体験は「絶叫もの」であった。

ドストエフスキーを疑ってかかる

あれから約10年。「人は慣れる動物である」と言った作家・ドストエフスキーの言葉を思い出す。しかし、この言葉は僕の離陸体験にはあまり当てはまらないのではないかと思ってしまう。とは言え、そんなに多くのフライトを経験しているわけではないが。

出発ロビーでの僕のそわそわ具合は半端なかった。受験前よりそわそわしていた。泣いている赤ちゃんの方がまだ堂々としている。

「飛行機 安全性」「飛行機 事故確率」とググって自分自身を安心させていた。しかし、いざ離陸となったら世紀末であるかのような感覚に襲われる。

じわっと手汗をかきながら、飛行機の一挙手一投足を気にしてしまう。窓にかじりつきだ。当の飛行機自身はそんなことつゆ知らず、大空への歩みを進めている。

しかし、この恐怖体験に勝たなければ、沖縄には会うことができない。聞き慣れた星野源の曲を耳に取り入れる。スズメの涙程度の安心材料である。

どう対応したら良いものか。よくわからない。いつか「慣れる」ことを僕は願っている。

カウントダウン

ポンポンポンと離陸を知らせるチャイムが鳴る。さあいよいよ。正直怖いが、事故に遭う可能性はほぼゼロ。国が定める過剰な安全基準をクリアしているらしいANAならきっと大丈夫だ。

そして、加速。やっぱり世紀末のような感覚。飛行機はふわっと腰をあげる。

そして、旋回。エンジンの音がよく聞こえる。鳥が吸い込まれないことを願うばかり。

そして、ベルト着用サインが消えた。

再びのチャイム

3時間ほど前、聞こえたポンポンポンというチャイムがもう一度聞こえた。

「着陸態勢に入ります」

外を見れば、あかりが見える。東京の明るさに慣れてしまったので、沖縄の明るさはなんだか可愛らしい。日は沈んでいる。

僕はなんのために沖縄に来たのだろう。今はまだよくわからない。僕は窓の外を見ていた。

今から約70年前。僕が今見ている沖縄の風景をアメリカ軍も同じように見ていたのだろうと思った。今と違うのは、70年前、沖縄はこんなに明るくなかったということだ。

日本で唯一の地上戦が行われた沖縄。「政治」が沖縄へアメリカ軍を誘ったなら、僕は「沖縄」から目を背けてはいけない。広島に行った時もそう思った。もちろん沖縄や広島だけが戦争の被害を受けたわけではない。しかし、この二つの都市は、戦後も戦争のせいで「運命」を背負い続けている。だから特別なのだ。

もう一度ベルト着用サインが消えた。沖縄「上陸」である。