【翔んで埼玉】埼玉でも立派な故郷なんだよっっ!!!

【翔んで埼玉】埼玉でも立派な故郷なんだよっっ!!!

実はまだ見ていないのです…

『翔んで埼玉』という映画が公開されたらしい。結構好調なようだ。

普段、映画を見ない僕でも「翔んで埼玉」には注目せざるを得ない。僕が生粋の埼玉県人だからだ。

ということで、『翔んで埼玉』を見に行ってみた!!デデン!

っていう展開になるのが普通なのだが…

実は驚くべきことに僕はまだ見に行っていない。見に言っていないのにこんな記事を書こうとしている。

これは恥ずべきことだ。近々に足を運ぶので許してほしい。

見に行ってはいないが、多くの埼玉県人が「むふふ」とシアターで自虐交じりの笑みを浮かべていることは容易に想像できる。それだけ埼玉県人の自虐史観は根付いているからだ。

同じことを横浜でやれば、「キェェェェ。ハイソハイカラな横浜をコケにするなんて許せないざますっっっ」とハンカチをくわえる横浜マダムの阿鼻叫喚がシアター中に響き渡ること受け売りである。

生粋の埼玉県人のボク

それにしても僕は生粋の埼玉県人なのだよ。(高校生までは)埼玉県が実家なので、お盆やお正月になったからと言って、埼玉以外へ帰省することはない。正真正銘の埼玉県人なのだ。(高校生までは)

「埼玉県人でぇ〜〜〜す。普段から自虐してまあ〜〜〜す」という人もその多くが盆や正月になるとズコズコと通行手形を片手に東北自動車道を北上するか東海道新幹線に乗り、埼玉県から逃亡していく。

僕からすれば、そんな奴、全然「埼玉県人」じゃない。

奴らは逃亡先の「故郷」で「埼玉って何もなくて困ってるんですよおおお」とか「朝昼晩全部山田うどんなんですよ…」とか「埼玉県人は東京都民の靴をなめてばっかり」とか埼玉の陰口を叩くからだ。そうに違いない。

僕は悲しいよ。グズんグズん。だってその陰口全部ほんとのことなんだもん。

埼玉県から逃亡できない僕にとって、唯一のストレス解消法は2chに「【急募】埼玉県のよいところ」というスレを立てることだったが、そのスレはすぐに落ちた。スレが落ちるのと同時に僕も畜生道に堕ちた。

生粋の埼玉県人も人の子

そんな僕にも人の心は残っている。「故郷」というものに憧れがあるんだよね。生粋の埼玉県人も人の子ってことなんよ。

そんな僕は帰省ラッシュのシーンを見ると毎年うるっとしてしまう。

帰省した一家をおじいちゃんとおばあちゃんが出迎える。青空の下で思いっきり遊んだ後、改札越しにバイバイするシーン。なんかよくない?

そんな「故郷」に憧れると同時に僕には「故郷」はないんだなとひしひしと感じてしまう。だって、埼玉以外、帰るところがないんだもん。

埼玉からの出獄

そんな僕にも埼玉から出獄するチャンスを得た。大学入学である。入学した大学は慶應義塾大学。1.2年の間は神奈川県の横浜市にキャンパスを構える。一人暮らしを始めることになったのだ。

これで僕も横浜市民である。なお、3.4年は東京都港区にキャンパスがある。僕は埼玉の呪縛から解放され、前途洋々な人生が待っているように思えた。

勇気を持って帰郷

しかし、さっきも言ったが、僕にも人の心は残っている。埼玉に取り残された家族や旧友の顔を見に、たまには埼玉へ帰らなくてはいけない。

横浜から埼玉に帰るには電車で2時間弱あれば足りる。しかし、一回埼玉から逃亡した僕にとって、再び埼玉に足を踏み入れることは勇気がいる。

なぜかってかつて僕が「裏切り者!」と思っていた奴に僕自身がなってしまったからだ。危険思想を持った人間が僕の地元にもいて、「何奴!無礼講!!」と言って、ゼリーフライを投げつけられても仕方ない。

だから僕は勇気を持って埼玉に帰った。

願わくは一面の田園風景で真っ青な青空のもと、家族が出迎えてくれればいいと思った。それが僕の憧れだから。

しかし、現実は甘くない。

東京寄りにある僕の地元が一面の田園風景なんてことはなく、どちらかといえばコンクリートが多いし、出迎えるはずの祖父母はもうこの世にはいない。

代わりにといってはなんだが、見ず知らずのじいさんばあさんだらけだ。高齢化社会・ニッポン!ああ無情!

そんなコンクリートだらけの地元の風景は僕が憧れる「故郷」とはかけ離れている。

でも僕にとっての「故郷」は埼玉なんだとある意味諦めた。そうするとなんだか笑けてきた。だって全然「故郷」っぽくないんだもん。(あ、埼玉人の自虐ってこの感覚からきてるのかも。)

「故郷」っぽくない故郷を受け入れながら、「翔んで埼玉」を見に行ってみよう。埼玉でも立派な「故郷」なんだってことがわかるはずさ。

さいごに。

上記本文には多分のユーモアと誇大表現と嘘が含まれていることはご承知いただきたい。僕の名誉のためである。(2chにスレ立てなんてしてないよ)