【自由からの逃走】「大学生は自由」なんて真っ赤な嘘だ!!

【自由からの逃走】「大学生は自由」なんて真っ赤な嘘だ!!

本稿は大学生活と自由について考察したものである

よくある日本の大学生活

アキラくんは大学2年生。都内の私立大学に通っています。経営学部所属しており、サークルはバスケットボールサークル。近くの女子大とのインカレです。

アキラくんは真面目なので、授業にはちゃんと出席します。アキラくんが真面目に授業に出ていることは周りの友人も知っているので、学期末のテスト期間になるとアキラくんは人気者になります。自分のノートを友人にかしてあげるのです。

サークルも楽しいとアキラくんは思っているようです。高校の時もバスケをやっていて、新歓の時の流れで入会しました。インカレで可愛い女の子もたくさんいるし、週2回の練習は充実しているようです。

普段の飲み会も盛んで、長期休みの時には多くのイベントが開催され、合宿、BBQ企画、ディズニー、そのほかメンバーの自主企画などなど目白押しです。その全てにアキラくんは出席します。当然お金が必要になります。

だから、アキラくんも他の大学生の例に漏れず、バイトをしています。大学の近くにあるカフェで週3回ほど働いています。時給は1050円。他にもっと時給がいいバイトはないかなと思っていますが、探すのもめんどくさいのです。

端からみれば、充実した大学生活に見えます。授業に出席し、学問を深める。サークルで協調性を養い、バイトをすることでお金を稼ぐことの大変さを知る。時には恋愛も。

大人への準備をするための大学生活として、とても理想的なのではないでしょうか。

疑問を持ったアキラくん

ある日、サークルで出会ったツトムくんと大学近くの居酒屋で飲んでいました。

ツトムくんはこう言います。

「オレらの大学生活、充実してるよなー!!」

なぜかアキラくんはすぐには首を縦にはふれませんでした。

「おい、アキラ。どうしたんだよ。飲み足りねえんじゃないのか」

結局、その夜、アキラくんはツトムくんに抱えられながら終電に飛び乗ったのでした。

「ハハ、やっぱり大学生はこうでなくっちゃなー!!」

アキラくんは無言でした。

翌朝、アキラくんは目を覚まします。昨夜のことはあまり覚えていません。今日は久しぶりに何も予定がありません。

今日は予定がないんだった。久しぶりのオフだなあ。何をしようか?

アキラくんは自分が昨日の飲み会で首を縦にふれなかったことを思い出しました。

大学生活の充実か… 思ったより大学生活って忙しいよな。授業出て、サークルでて、バイトして、飲んで。1週間があっという間だ。

大学生活は人生の夏休み。そんな言葉を楽しみに大学に入学したのに。気づいたら、いろんな予定に追われてる。それにバイトやらサークルの人間関係も気を使うことが多い。

思ったより【自由】じゃないな。

アキラくんは自分が意外と不自由な生活をしていることに気づくと、なんだか授業もサークルも、バイトも飲み会もめんどくさくなってきてしまったのでした。

大学生活と自由について考えよう

大学生には自由がある。これはほんとうでしょうか?

入学早々、気づいたらサークルの新歓に飲み込まれ、短い期間で履修を決めないといけません。授業はつまらないけど、出なくてはいけません。そしてみんながやっているからと、なんとなくバイトをし、疲れ果てる。そこに乗っかってくるのはサークルの人間関係、バイトのシフト、テスト期間にいきなりLINEをしてくるちょっとしゃべったことしかないやつ。

大学生は自由って聞いていたのに、全然自由じゃないじゃん。そんなことにアキラくんも気づいたようです。

フロムの登場と日本の大学生活

僕は本来なら日本の大学生は本当はとても【自由】な存在だと思うのです。体力、知力、時間があります。お金はあんまりないかもしれないけど、「学生」という身分を使って自分がやりたいことにチャレンジできる。

でも、その【自由】さをみんながみんなうまく使えているかというと違うと思うのです。

【自由】であることは同時に孤独なことでもあります。

ドイツの哲学者、エーリッヒ・フロムは著書「自由からの逃走」で自由についてこんなことを言っています。

自由とは、耐え難い孤独と痛烈な責任を伴うものである

思うに、日本の大学生は【自由】に伴う孤独への耐性がないのです。僕を含めて。

大学に入って怖くなる日本の学生

高校まで学校や先生に管理されていた日本の高校生が大学に入って、いきなり【自由】になるわけです。知力も体力も時間もある。けど、【自由】になるということがどういうことなのか。わかっていません。でも直感でみんなと同じことをする方がいいなということはわかる。

でも、本当は

日本の学生は怖いのです。

本当に自由に振る舞ったらどうなるのか。わからないから怖いのです。

だから、周りに合わせ、大学が作ってくれている雰囲気に乗っかるしかないのです。楽単と呼ばれる授業をとり、サークルに流れで入り、したくもないのにバイトをする。

自由になるのが怖いから、自分だけが【自由】になって孤独になるのが怖いから、結局、せっかく手に入った【自由】を捨てるしかないのです。そして、みんなと同じことをするのです。

興味があるのは、北朝鮮の授業なんだけど、楽単らしいから、友達()がとるから、こっちの歴史の授業を取ろう。自分が孤独になるのが怖いという強迫観念が強く働いています。自分が考え、決断し、行動することができるという究極の【自由】を捨てています。

みんな怖いから、みんな【自由】を捨てているから。別にいいよね。だから、ぱっと見では、みんなの「流れ」に乗るだけで、充実した大学生活になってしまうのです。

自由を捨ててしまった結果のヒトラー

フロムは同書の中で、自由を手に入れたドイツ国民が、【自由】がもたらす孤独と責任に耐えられなくなって、その結果どんな選択をしたのかについて考察をしています。

自由がもたらす孤独と責任に耐えられなくなったドイツ国民はみんなと同じであること選ぶようになります。これが「自由からの逃走」なわけです。

その結果、ドイツが生んだのはあの悪名高きナチスであり、ヒトラーだったのです。

【自由】は絶対的によいものではないのです

それ自体はとても尊い【自由】ですが、個人個人が、自由がもたらす孤独と責任に耐えられないと社会は危険な選択をする可能性が高まってしまいます。【自由】はうまく使えないと危険に作用することもあるのです。【自由】は絶対善ではないのです。

大学生は自由。

この言葉は「大学生が自由がもたらす孤独に耐えられる」という前提に成り立っています。

今の生活が本当に【自由】なのか否か。少しでも疑問を持つ人は【自由】がもたらす孤独について考えてみよう。自分はその孤独に勝てるのか。本当に自由になれるのか。これはとても大変なことです。

その孤独に勝つにはどうすればいいのでしょうか。フロムはこんなことも言っています。

『自分自身』であることについて勇気と強さを持ち、自我を徹底的に肯定することだ。

僕はこのブログを通じて、【自由】と正面からぶつかりたいと思っています。ではでは。