初めて彼女ができて思ったこと

初めて彼女ができて思ったこと

こんな文章を書くことは本当に恥ずかしい。宣伝もしないのでひっそりと弊サイトに置いておこうと思う。

タイトルの通り、初めて彼女ができた。今5ヶ月くらいになる。なぜこんな記事を書こうと思ったのか。私の彼女がいかに素晴らしい人物なのかについて書くつもりは毛頭ない。

そんなこと見せられたって読んでいる方が困るだけだ。

自分自身、恋愛とは無縁の大学生活を1年半くらい過ごしていた。いわゆる彼女いない歴=年齢の人間だった。

たまたま今の彼女と出会って、付き合うことになった。しかし、昔の僕だったら今の彼女に声をかけることはなかっただろう。シャイボーイのアキくんにとって、女の子にご飯行きましょうと誘うことは至難の技すぎる。

しかし、僕はこの記事を読んで自分がやばいことに気づいた。

敬愛すべきブロガー意識高い系中島さんの記事だ。やばいやばい。刺さりまくる。次、いいなと思った子が現れたら絶対アプローチしてみよう。僕はそう思った。

結局、僕は数打てばいい作戦をそれほど実施することはなかったが、今の彼女に出会って、勇気を出して一歩を踏み出したら、奇跡的にうまくいった。。本当によかった。中島さんのブログを読んでいなかったら、チャンスをスルーしていたことは間違いない。

さて、前置きが長くなったが、この記事で僕は何を目標に書けばいいのだろうか。一応、全ての記事で何を目標とするのかを決めて記事を書いている。

読者の人を想定するのだ。ただの独白では需要がない。しかし、今回はただの独白でいいのではないかと思う。それは読者の人が求めていることがわからないからだ。

しかし、ここで僕が彼女のいいところを書き連ねても仕方ない。ということで、より一般的に抽象化して、恋愛の良さなるものを伝えられればいいのではないか。

僕がこの記事で強調したいのは恋愛はめちゃくちゃ感情が動くってことだ。それは何もいい感情だけではない。嫉妬、不安、焦りなどいろんな感情がミックスになって自分に襲ってくる。

確かに好きな人と付き合えたわけだけれども、付き合うまでの道のりも、付き合ってからの道のりでも本当にいろんな感情が動くのである。

自分自身は独り身だった頃でも楽しい人生を送っていると自負していた。楽しいことは楽しいと思ったし、悲しいことは悲しいと思った。

しかし、それはどれも単発の感情。イベントごとに現れる感情なのである。映画を見て感動したり、漫才を見て笑ったり。確かに心は動くのだけれど、それがずっと続くことはない。

もとより共感性が低く、絶望的な愛想のなさを誇る筆者は独り身のことは本当にツンツンしていたと思う。

しかし、彼女ができ、彼女の関係が持続的なものになるにつれて、彼女との関係の中で動き続ける自分の心を感じるのである。その結果、ツンツンしていた僕は今やとても丸くなった(と他の女の子から言われる)

その結果、わかったことは感情を動かすことで人は人になれる。そして、非リアだった僕は意外と人生を楽しんでいるようで楽しんでいなかったということである。

人生を楽しむということは結局、正の感情と負の感情どちらも受け入れて進んでいくことだ。彼女との関係の中で本当に悲しくなったことはないけれど、喧嘩するなど、そんなことが起こって悲しくなったならば、僕はその感情も楽しめたらいいと思う。ああ自分って生きているなと思うからだ。

とまあキザなことをいってしまったのである。本当に恥ずかしいことだ。彼女ができてから1ヶ月ほど、僕は彼女ができたことを誰にも言わなかった。僕にとって恋愛とはそれほど恥ずかしいものだった。

しかし、恋愛を通じて一人の人間とこれまで深く関わって向き合った経験は本当に僕にとって新鮮な経験で、付き合ってから5ヶ月になるけど、まだまだ彼女の知らなかったところはザクザク出てくる。人間はかくも深い存在なんだなと驚嘆すると同時に、恋愛を通じて僕の感情は揺さぶられまくっている。

そのことは恋愛をしていなかった時の自分の生活と比べてみれば、今の方がよっぽど人間らしい経験をしているなと思うのである。

恋愛にはコストがかかるからやらなくていい。スマホゲームの方が楽しい。確かにそうかもしれない。しかし、より感情を動かしまくって人間らしく生きたいなら、恋愛って「手段」もいいのではないかと思うのだ。(語弊があるなら申し訳ない)

僕がブログを書いていることは彼女にバレているから、早晩この記事が彼女の目に入ることは間違いないだろう。

ああ恥ずかしいなあ。と今僕は思っている。ね。感情が動いているでしょう。