新元号が発表されたので僕も大学卒業までの目標を発表する

新元号が発表されたので僕も大学卒業までの目標を発表する

新年号「令和」が発表された。発表する時の菅官房長官が少しにやけ顔だったのが印象深かった。最初は違和感があったが、時間が経つほどにいい元号だなと思い始めている。

それにしてもあと1ヶ月で「令和」に突入するのはいまだに信じがたい。かといって平成の影はどんどん薄くなっている。平成31年4月は確かに平成なのだが、平成感はまったくない。4月の「ロスタイム感」は異常だ。

新しい元号発表とともに僕は大学3年生になった。大学生活は折り返し。振り返ればこの2年間、様々な人と出会い、様々な場所に行き、様々な経験をさせてもらった。

20キロ太っただけに終わった浪人時代を終え、第3志望の大学に入ったのにも関わらずキャンパスライフは充実している。周りの人には感謝してもしきれない。受験生の僕には「今すぐ東大受験なんてやめて慶應法学部に入れ!」と伝えたい。これは僕の本音だ。

「北朝鮮」という打ち込める学問にも出会えた。ブログという楽しいことも見つけられた。サークルの人たちとは切磋琢磨して高みを目指せる関係にある。

大学生は酒を飲んで、遊んで、バイトしてばかり。日本の大学生は批判の対象になりがちだ。一度、インターンにでも行こうもんなら「あいつ意識たけえww」と嘲笑われる。そんな同調圧力に負けるのは本当に嫌だった。

やっぱり人生の中で知力も体力も時間も最高潮の大学生活を無為に過ごすことは本当にもったいないと思ってきた。失敗してもいいから自分の意思で何かをなし、何かをなそうとする。その営みこそが大学生活をいいものにする。僕はこの2年間でそう確信している。

僕自身、自分の大学生活を充実したものだと思えるのはなぜか。それは行動してきたからに他ならない。思えば1年の頃からいろいろなことをしてきた。サークルに始まり、議員インターン、ベンチャー企業でインターン、ブログを書き始める、NCSに参加、ひとり旅、読書、カメラ、北朝鮮の勉強、発信などなど。

大学生活への満足度は自分の行動の結果だ。順風満帆な大学生活だった。

しかし、この3月に転機があった。ゼミに2回も落ちたのだ。正直落ちることは全く予想していなかった。成績もよかった。課題もしっかり出した。それでもゼミは僕を拒否した。僕はたいそう落ち込んだ。2年間の大学生活が間違っていたのかもしれないとまで思った。充実した大学生活に暗雲が垂れ込めた。

少し冷静になってから振り返ってみた。するとゼミに落ちたのは自分の驕りのせいではないかと思うようになった。いろいろなことをしてそれなりに成績もとっていたから大丈夫だろう。他のやつに負けるわけがない。そういう驕りに足元をすくわれたのではないかと今では思っている。これは僕の反省点だ。自信を持つことはいいことだが同時に謙虚さも持ち合わせていないといけない。

反省すると同時に反骨心も生まれてきた。これまでの人生で自分を支えてきたのは反骨心だった。今回もそうだ。受験勉強の時も公立の中高から東大に行けば私立エリートをギャフンと言わせてやれる(結果はダメだったけど)そういう反骨心が僕を奮い立たせてきたように思う。

反骨心というものは何かをなす動機としては不純かもしれない。燃料としてはハイオクというよりも軽油かもしれない。でももうしょうがないんだよね。21年間、そうやって生きてきたんだから。

ゼミに落ちたことで、今回もまた影に隠れていた反骨心がむくりと僕の前に現れてきた。大学生活も折り返し。「やりたいことは全部やる」のモットーのもと、もう少しガツガツやりたいことに取り組んでいこうと思えるようになった。

ゼミに落ちてよかった。

春休み中から新しく始めたことがある。朝鮮語の勉強と中国語の勉強だ。研究対象として北朝鮮を扱う以上、この二つの言葉ができないようではお話にならない。学士レベルでは日本語文献だけでよいのかもしれないけど、より高みを目指したい。卒業までに日常会話レベルまで到達したいと思っている。英語の勉強は言うまでもない。

ゼミには入れなかったけれど、大学を授業を活用しておそらく卒業論文は2本書くはずだ。政治関連のサイトも立ち上げてみたいのでプログラミングもやるはず。もちろんブログも書きたいし、読書も旅行もしたい。やりたいことであふれている。

卒業後は就職するのか大学院に行くのかまだわからない。しかし、自分のやりたいことを潰しながらの進路選択はしたくない。

新元号「令和」には、厳しい冬を乗り越えて春に満開の桜が咲くようにとの願いが込められているという。2年間で得た経験に反骨心を注ぎ込んで「令和」を駆け抜けていきたいと思う。

最後に壮大な目標。やりたいことがあってもくだらない同調圧力や自分の思い込みにとらわれてなかなか一歩を踏み出せない人の助けになれればと最近では思っています。そのためにはブログなどを通じて自分が挑戦する姿を見せられるといいなあ。それが本来の意味での「革命活動誌」なのかもしれない。

これからもよろしくお願いします。

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