政治学徒が「平和記念公園」に行くとこんなことを考える

政治学徒が「平和記念公園」に行くとこんなことを考える

政治学と社会

私が政治学科に所属しております。

政治学というものは政治を学ぶ学科です。じゃあ、政治を学ぶということは何を学ぶのか。

そこで僕は「決定の仕方を学ぶ」学科なのではないかなと思うのです。

決断はいろいろなところに

物事には「決断」がつきものです。

よし「ブログ」を書こう。これも立派な決断で、1限に行かないというもの立派な決断です。

私たちは決断をしてきて生きてきました。

政治というのは、もう少し目線を広げて「社会」がどのように「決断」するのかを扱う学問です。

残念ながら「社会」には身体も脳もありませんので、「社会」を構成する我々が決定するしかないわけです。

1限に行かないぞ!という決断は一人でできるものです。

しかし、あそこにダムを作るぞ!という決断は個人では下せません。

最終的には誰か一人が決めるのかもしれないけど、そこまでの過程で多くの人を巻き込むことになります。

ここで「政治」の出番となるわけです。

政治の出番

「ダムを作る」という決断はダムを作る前も後も多くの人に影響を及ぼします。だから、「政治」というシステムを使って、多くの人の合意を作りながら、「社会」が判断できるようにさせてあげる必要があるのです。

このように「政治」は個人では決められないことを「社会」の単位で決断し、「社会」を前に進めていけるようにするものです。

しかし、往往にして「政治」は「社会」を前に進めるといいながら、「社会」を後退させてしまう決断をしてきたことも事実です。

個人で決められないことというのはとてもスケールの大きいものです。

じゃあ、みんなで決めよう。決まったら、みんなで決めたんだからその判断には従わざるをえないよね。

そうして、エノラ・ゲイ号は広島へと出発したのでしょう。

エノラ・ゲイの操縦士が、個人的な判断で広島に原爆を落としに行くとは私には到底思えません。

平和記念公園が作られてしまった背景には、政治的な「決断」が積み重なっています。その積み重ねが、広島県産業奨励館を原爆ドームにしてしまったのだな。そう感じざるをえませんでした。

主語は何か?

「過ちは繰り返しませぬから」

平和記念公園の中心部・鎮魂の碑に刻まれている言葉です。

この言葉の主語はなんなのでしょうか?

もちろん、人にとって様々でしょう。

 

 

そこで僕は「政治学徒」として、この主語に「政治」を置いてみたい。

みんなが決められないことを決めてきた「自負」が「政治」にはあります。

しかし、「社会」に核兵器を爆発させた「政治」史上最大の汚点は、その「自負」を木っ端微塵に破壊してしまうほどだと思うのです。

平和「記念」公園は正しいのか?

「平和」を「記念」した公園。本当にそうでしょうか?

「平和」を「祈念」する公園。すなわち「平和祈念公園」の方が正しいような気がします。

人類は「平和」を「記念」できる。まだ、そんな段階には至っていないと思うのです。

この世界から核兵器がなくなることはないでしょう。その核兵器を全て使ってしまわない限り。

核兵器がなくならない以上、広島は「ヒロシマ」として、覚悟と勇気を持って、発信し続けなければいけないのです。

「ヒロシマ」の運命

1945年8月6日 一つの爆弾が広島に落とされてしまった。それだけで、広島の人々・広島という都市は、とんでもない運命を背負ってしまうことになりました。

その「運命」とは、自らが経験したことを発信し続けるというものです。

実際に体験した人がとてつもない勇気を持ってその体験を語ってきました。しかし、この「語り」は本来ならこの地球上で存在してはいけないものなのです。

一介の学生がその運命に寄り添うなんて口が裂けても言うことはできません。

しかし、その運命を背負わせた責任の多くは「政治」にあります。だから、僕は広島から目を背けることはできません。「広島」が報われるのも「政治」によるものだと信じているからです。

頂門の一針たる遺跡たちが政治を志すものを未来永劫、灯し続けますように。

2018年 5月27日 訪問

快晴でした。あの日と同じように