東京電力福島第一原子力発電所を見学したルポルタージュ

東京電力福島第一原子力発電所を見学したルポルタージュ

偽善でよいのだ

4月16日。僕は東京電力福島第一原子力発電所(以下、イチエフとする)を訪問した。8年前、未曾有の事故を起こしたイチエフ。一回は見ておかないといけないとずっと思っていた。ひょんなめぐり合わせから見学が実現した。

しかし、突然、原発に行って、突然原発のことを語り出すのは正直、偽善っぽい。だが、それでいい。実際に福島を見て、文章を書けるのは僕だけだ。だから僕は書こうと思う。

黒い塊

福島駅から二駅隣の金谷川駅から出発し、車で東へと向かう。今回僕を案内してくれるのはフリーアナウンサーの大和田さん。もう原発にも何度も足を運び、福島の現実を見まくってきた人だ。

車窓からは福島ののどかな田園風景が広がっている。ところどころに桜が咲いている。ちょうど満開の日だった。

のどかな田園風景に異常が現れたのは車で走って1時間くらいのところだった。突然、黒い物体が目に飛び込んできた。

汚染土だ。

除染のために地面を削った際にでた大量の土が黒い袋に入れられて安置されている。目の前に広がる黒い塊。

「こんなの一部も一部だ」そんな大和田さんの言葉は原発事故の悲惨さを物語っていた。

以下のツイートを見てくれればよりわかりやすいだろう。

さらに歩みを進めると目の前には看板が現れる。

「帰宅困難区域」

そう書かれた看板を見て、

「ああここからはゴーストタウンなんだ。人が入れないんだ」とは思えなかった。「帰宅困難区域」と書かれていても、特段変なところはないからだ。

目に見えない放射能だからこそ、パッと見、荒れている感じはしない。しかし確実に放射能は住民の心と生活を蝕んでいる。

それを示すのが街のいたるところに置かれているバリケードだ。帰宅困難区域の家々の門のところがメインだろうか。このバリケードこそ放射能によって街が荒らされている象徴だ。

「ここからは入るな」

バリケードはそう言う。バリケードは姿を見せない放射能の代弁者なのだ。

このバリケードを前にした地元の人のもどかしさは僕らの想像以上だろう。僕なら「うるせえ入らせろ」とバリケードをボコボコにしてしまうと思う。

放射能は見えないけど、バリケードは見える。この皮肉めいた状況が福島の人の無念さをより掻き立てている。

しかし、福島第一原発がある大熊町や双葉町は原発で潤っていたこともわかる。大熊町のメインストリートを通れば、パチンコ屋の名前が「Atom」、回転寿司の名前が「Atom」といかにも原発の恩恵を受けていましたネーミング。原発にも正の側面はあるのだ。

ごちゃつく構内

イチエフに着いた。東電の人が案内をしてくれる。テロが警戒されているらしく、空港よりも厳重なセキュリティチェックがある。

体内の放射線量を調べ、いよいよ原発構内へと歩みを進める。バスに乗りながら原発構内を回る。

原発に見学に行くと言うと周りの友人からは決まりに決まって「放射能は大丈夫なのか」と聞かれた。しかし、実際はかなりの軽装で見学可能だ。時の流れを感じる。

原発構内はとてもごちゃついている。多くの汚染土、汚染水タンク、凍土壁のための施設があちらこちらにある。これらは処理に困るとされ、否定的なものだと思われている。しかし、逆に言えば東電をはじめとした多くの人の努力の結晶でもある。

原発構内の地面は放射能が飛散しないようにコンクリートで覆われている。同行した朝日新聞の記者さんは「昔は緑が多かったのになあ」と自身が20年前に訪れた時のことを回想していた。

原発自身も事故の後と前では完全に変わってしまったのだ。しかし、唯一変わらないものがあった。それは構内の桜だ。

汚染されたために幾分伐採され、存在感は薄くなったというが、それでも構内には立派な桜並木がある。苦しく辛い時に咲く桜は偉大だ。きっとこれからもずっと原発と原発で働く人を見守り続けるんだろう。

見学中には多くのスタッフの人とすれ違った。イチエフではすれ違ったら挨拶をするのがマナーだ。(他の発電所もそうかもしれない)

すれ違う人と挨拶をかわしながら、僕は事故を起こした原発で働くとはどういうことなのかを考えていた。

正直、スタッフの中にはイチエフで働くことを快く思っていない人もいるだろう。線量は下がったとはいえ、危険が伴うことは間違いない。それでも働く人がいる。きっときついはずだ。僕は頭があがらない。

現在、イチエフでは4000人ほどの人が働いている。東京電力をはじめ、多くの企業が協力し、廃炉への道筋をつけようと懸命の努力をしている。本当にありがとうございます。

原発の細かい技術的な状況はここでは省く。ただ一つ言えること。それは廃炉への道筋は立っていないということだ。そんな見えない目標に向かって頑張っている人がいることを忘れてはいけない。

つい故郷を追われた福島の人に同情し、東京電力の人を悪玉にしてしまうことがある。しかし、東電の方々もまた懸命に努力をしている。このことは素直に受け入れないといけない。

「イチエフ」は必修科目だ

人は「福島の教訓を生かす」と言いがちだ。しかし、何をどうやって生かすのかに関しては議論は深まらない。難しいから。

事故現場を見ることから始まり、そこで出来事や人々の思いに共感する。そしてそこから得られた知見を勉強や仕事に生かしていく。こうして初めて「福島の教訓を生かす」ことができるのではないかと思う。

日本の未来を考える上で福島を知ることは基礎の基礎だ。「イチエフ」には本当に様々なストーリーがある。たった1日の見学でもそれをひしひしと感じた。

東京からわずか250キロのところに今でも人が住めない地域がある。この厳然たる事実に僕は震え上がった。しかも、これは福島だけの問題ではない。福島で作られた電気は当たり前のように僕ら関東人が使っている電気なのだから。

安全と思われていた原発が事故を起こした。つまり科学を信じ、科学に寄りかかる時代は終わったのだ。より科学を理解し、より科学を積極的に使う時代になっている。

ここまでで事故の負の側面ばかり強調してしまった。しかし、当の原発構内はおそらくみなさんが思うよりも明るい。案内してくれた東電の方は大変親切で、食堂のカレーは生協のものよりもはるかに美味しい。

イチエフも前に進んでいる。もう上から目線で福島を哀れむのではなく、現状を知り、福島の物語を知り、共感し、一緒に前に進んでいくことが大切だ。

長くなった。この記事を熱心に読んでくれたらそれはそれで嬉しい。しかし、百聞は一見にしかず。実際に福島を、イチエフを訪れてほしい。きっと何かしら感じるところがあるはずだ。

「イチエフ」は日本人の必修科目だ。