【異端児?】なぜ僕は北朝鮮に関心を持つのか?

【異端児?】なぜ僕は北朝鮮に関心を持つのか?

私は現実世界において北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に関心があるということをよく喧伝する。その喧伝はかねがね友人諸君に好意的に受け止められているようである。

なぜかと言えば、北朝鮮なる国家が日本社会において「変な国」という確固たるイメージを持っているからではないだろうか。

その「変な国」に関心を持っている人間は間違いなく変な人間であるという決めつけにも似た印象を持つがゆえに、友人諸氏は私という人間を面白がってくれるのではないかと思っている。

友人からの好意的な受け止めを肌感として理解しているからこそ、私自身も最近では北朝鮮に関する情報発信をTwitterやブログなどで爆速で行なっている。

しかし、友人からの注目を集め自らの承認欲求が満たされるからという理由だけで北朝鮮に関心を持っていると思われるのは私自身、不服とするところである。

であるからここで今一度、北朝鮮という国家になぜ私が関心を持つのかということを明確に述べたい。なお最初に断っておくが、私は北朝鮮という国家が「好き」な訳では一切ない。エイズの研究者がエイズのことが好きではないのと同じことである。あくまで学問的関心を持っているだけである。

私が北朝鮮に関心を持つ理由はその「異端」ぶりにある。非北朝鮮関心保持者であっても北朝鮮の異端ぶりはなんとなく実感するところであろう。であるから北朝鮮が持つ「異端」ぶりを明らかにすれば、私が北朝鮮に関心を持つ理由がご理解いただけるであろう。これから北朝鮮が持つ「異端ぶり」を2つの側面から明らかにしていきたい。

北朝鮮が異端であることをまず社会主義国家の文脈から明らかにしたい。北朝鮮は社会主義国家であるが、社会主義国家におけるタブーを次々と実行している。代表的なのが世襲制である。社会主義国家では世襲というものが禁止されている。世襲というのは資産を親子が代々受け継いでいくことを意味するから、まさしく私有財産を生み出す装置に他ならない。私有財産は社会主義国家では否定されているから、金一族が世襲をして国家元首の位を親子三代に渡って保持しているのは社会主義国家としてイカれている。もはや北朝鮮は純粋な意味での社会主義国家ではない。しかし、悪びれるそぶりもなく北朝鮮は社会主義建設を声高らかに掲げている。おかしな話である。

北朝鮮が社会主義国家としておかしい点は他にもある。貧富の差が存在している点だ。社会主義国家というのは基本的に労働者による国家体制である。すなわち資本家というものが存在しないはずである。しかし、明らかに北朝鮮には貧富の差が存在する。金正恩があんなにブクブク太っているのも金一族が朝鮮労働党39号室という秘密機関を利用して資金を獲得しているからである。このように金一族を筆頭に北朝鮮には明らかに資本家が存在する。しかし一般人民はそれを知らないか、知っていてもそれを口にすることはできない。言ったら最後、粛清である。北朝鮮の粛清ぶりだけは立派なものである。褒めているのではない。

階級制度が存在している点もまた社会主義国家としておかしな話である。既述のように社会主義国家は全員が労働者であり、その意味で国民全員が身分的に平等なはずである。しかし、北朝鮮には出身成分を元にした階級制度が存在していると言われ、階級制度によって居住地や職業が決定されるらしい。「らしい」と行ったのはこの階級制度は北朝鮮当局は存在を認めてない非公認の制度であるからである。しかし、多くの脱北者が出身成分を元にした階級制度の存在を証言している。その存在はほぼ間違いないと言える。

次に北朝鮮が異端であるのをグローバルな世界の文脈から位置付けたい。北朝鮮はグローバル化が進む世界の中で圧倒的に閉鎖的であり、しかも少ない国家資源を金一族の全体主義プロパガンダに突っ込みまくっている。

北朝鮮ほど全体主義プロパガンダに対し、国家予算をつぎ込んでいる国は世界の中にはない。当然、グローバル化による経済成長に乗り遅れている北朝鮮であるから国内事情は深刻である。近年ではアメリカを中心とした経済制裁の影響を受け、国内経済は疲弊していることは間違いない。しかし、北朝鮮は全体主義プロパガンダを止め、その予算を経済建設に回すことはしない。プロパガンダによって北朝鮮という国家が作られているからである。プロパガンダが北朝鮮の社会の根本なのだから、プロパガンダをやめればそれは体制の終了と同義である。

以上、北朝鮮がいかに世界の中で異端な国家であるのかを述べてきた。その異端ぶりに私は興味を持ち勉強している。政治学の文脈でもこんなに「異端」で、ある意味「ネタ」を持っている国はなかなか存在しない。だからこそ、北朝鮮を研究するということは政治学の限界に挑む戦いなのだ。東京ー札幌間の距離と変わらない「近くて遠い国」を理解しようとすることはまさしく未知との戦いである。しかしその分日本に貢献する部分も大きいと確信している。

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