「イスラーム国」はなぜ「国」を目指したのか

「イスラーム国」はなぜ「国」を目指したのか

はじめに

2019年5月、「イスラーム国」がインドに支配地「ヒンド州」を設置したことが報じられた。シリア、イラクでの勢力衰退へのカモフラージュと見られている。「イスラーム国」はこれまでもその根拠地であるシリアとイラクだけに留まらず、領土的な拡張を志向してきた。2015年にはアフガニスタンからパキスタンにかけての地域を「ホラサン州」と名付け、領有権を主張した事例がある。[i]

中東地域には古今、多くのテロ組織が跋扈してきた。その中でも国家樹立を確固たる目標として掲げた組織は「イスラーム国」以外には存在しない。「イスラーム国」が領土を保持し、国家を目指すことは、他の組織とは異なる非連続的な特徴と言えよう。

ではなぜこの武装テロ集団は領土的拡張、より抽象的に言えば「国」を目指したのだろうか。本稿の関心は「イスラーム国」がなぜ「国」という看板を掲げ、国家樹立を志向したのかにある。

この関心を明らかにするために、「イスラーム国」が国家建設に至るまでの側面を二つに分けて検討する。一つ目が外的要因に基づくものである。すなわち、「イスラーム国」が「国」として存在する理由を外部環境に求める。二つ目が内的要因である。「イスラーム国」自身の内的な要因、イデオロギー的な要因によって「国」を目指したという側面である。これら二つの要因は相互に関連するため、随時、相互関連についても検討する。

「イスラーム国」建国 

まず「イスラーム国」による建国時の立場について検討する。建国時に発せられたメッセージこそが「イスラーム国」が目指したことを明らかにするからである。

2014年6月29日に「イラクとシャームのイスラーム国」と名乗る武装組織は「イスラーム国」へとその名称を変更した。それと同時に指導者アブー・バクル・アル=バグダディはカリフ制を宣言した。

カリフ制を宣言したことは、「イスラーム国」がイスラーム法に基づく統治によって、原始的なイスラーム共同体を設立したことを意味する。イスラーム共同体においては、真のカリフが選出されたならば、すべてのムスリムはそのカリフに忠誠を誓うことになる。[ii] すなわち「イスラーム国」が目指す国家は、イスラーム世界全体を覆う意味での国家ということになる。

「イスラーム国」建国時に注目すべきメッセージとして、保坂は『「イスラーム国」がカリフ制を宣言したのとほぼ同時にふたつのビデオ声明が公開された。「国境を破壊する」と「サイクス・ピコ体制の終焉」である』ことを指摘している。[iii]

サイクス・ピコ体制とは第一次世界大戦後の欧米列強によって引かれた国境線に基づく中東地域における主権国家体制を指す。主権国家体制が持つ特徴として明瞭な国境線が引かれている体制であると言える。よって、サイクス・ピコ体制の終焉と国境を破壊するという二つの宣言は一対の声明であると言えよう。

以上のことから、イスラーム国は中東地域に引かれる現状の国境線を破壊し、約100年続いた地域秩序をカリフ制によって克服することをそのミッションに掲げたことがわかる。言い換えれば、「イスラーム国」の建国には『「堕落した現在のイスラーム世界」を救済する革命的イデオロギーとしての特徴を見いだすこと』ができるのである。[iv]

以下では、内的要因と外的要因に分け、なぜ「イスラーム国」が「国家」として活動することを狙ったのかについてより詳しく検討する。

建国以後、イスラーム国はその勢力をシリアとイラクの国境線にまたがる形で広げたことからも、「イスラーム国」が現状の国境線を融解させ、新たな帝国的秩序を志向してきたことがわかる。すなわち、この目標を「イスラーム国」は国家建設という手段で持って、達成しようとした。

内的要因 「イスラーム国」が国家を目指す思想的根拠

 ここでは主に「イスラーム国」が持つメッセージがムスリムに及ぼした影響について検討する。

 「イスラーム国」が掲げるカリフ制国家の再興なる目標は文化的に大きなインパクトを持つ。[v]

ムスリムにとって、7世紀に成立した正統カリフ時代のイスラーム国家が憧憬の対象であるからである。これを証明するように、ムスリムのアイデンティティには原始イスラーム共同体への共感意識が根付いている。中東地域の住民には重層的な帰属意識が存在しており、国民国家、アラブ民族主義、イスラームの理想郷の3つがそれに当たる。[vi]

3番目のイスラーム理想郷こそがイスラーム原始共同体を指す。イスラーム法に基づく支配とともにイスラーム共同体が世界の先端を走っていた時代を回想するのである。

しかし現状の中東地域は後進地域として位置付けられ、欧米列強からの屈辱を受けている意識が少なからず根付いている。自らのアイデンティティの破壊に対する処方箋として「イスラーム国」が掲げる中東秩序の再編はムスリム、とりわけスンナ派の人々に現状の不満への溜飲を下げさせ、新たな秩序の可能性を予見させるものであった。その意味で、「イスラーム国」が国として領土を獲得することは必須であったと言えよう。

しかし、指摘したいのは、この原始イスラーム共同体への回帰やカリフ制再興を目指す思想自体に大きな発展はなかった点である。[vii] これまでも同様の主張をする組織は存在したのである。「イスラーム国」のメッセージには過去のテロ組織との連続性が見られ、革新的な思想が人々を惹きつけたわけではないのである。

しかし、「イスラーム国」は世界から外国人戦闘員を集め、他のテロ組織から忠誠を獲得することを可能にした。すなわち、「イスラーム国」が求心力を持った背景のすべてをその思想から見いだすことは不可能であり、その他の理由が認められてしかるべきだ。次節では「イスラーム国」を取り巻く外部環境について検討する。

外的要因 「イスラーム国」は偶発的存在か

 「イスラーム国」が「国家」を目指すことになった外的要因として考えられるのが中東情勢の混迷である。とりわけシリアとイラクの内政の脆弱性が、その領域支配を弛緩させ、「イスラーム国」を中東地域にもたらしたと考えられている。

では、中東地域に生まれた力の空白を「イスラーム国」はどのようにして利用したのだろうか。青山は『「イスラム国」は逆で、イラクとシリアに実効支配の制度が及ばない地域があるので、とりあえず「国家」という「箱」をつくってから、この「箱」を拡大したり、そこに脅威を及ぼすものに対して、ジハードをしていくスタンスをとっている』と指摘する。[viii] すなわち、「イスラーム国」はイラクとシリアの混迷による力の空白に対して、「国」という建前を作った上で、イスラーム共同体としての正統性を保持しようとする戦略をとったのである。してみると、「国家」樹立が可能な環境が偶発的に成立したために、「イスラーム国」は国家を目指したように見受けられる。

 しかし、「イスラーム国」が明確に国家建設への意志を持っていたことは指摘しなければならない。イラク・シリア地域での支配の弛緩を「イスラーム国」が偶発的に利用したと結論づけるのは短絡的だ。「イスラーム国」のバグダディ以前の指導者・ザルカウィは明確に領土を確保する方針を掲げていたからである。具体的には2005年にザルカウィが2020年までにカリフ制国家の再興構想が報じられたことがあげられる。それによれば、2001年のアメリカ同時多発テロを「覚醒」段階とし、7つのステップに分け、2020年にはカリフ制国家が実現するとされている。[ix]

 すなわち、カリフ制国家の再興という「イスラーム国」が長年掲げる領土的な野心に対し、現実がより適合した結果、国家が生まれる余地ができたとことになる。

 加えて、「イスラーム国」が領土を確保した後の状況を見てみよう。「イスラーム国」は領土を確保することでどのテロ組織よりも豊富な資金源を保持することが可能になった。2014年段階で、ISの純資産は全世界のテロ組織の中で第一位の20億ドルに上ると推計され、これは第二位のハマスを大きく引き離している。[x]

「国家」として領土を保持し、資金力を獲得することは「イスラーム国」の「国家」としての体を整え、中東地域の秩序を再編する主体としての正統性を担保する。「イスラーム国」がただ野心のみで領土を確保しようとしていたならば、「イスラーム国」が領土を確保したのち、極めて現実主義的な統治政策を採っていることと整合性が取れない。このことからも「イスラーム国」が領土支配によって正統性を確保し、中東地域の秩序を再編する意図を組織的にかつ本気で保持していたことが浮かび上がる。

「イスラーム国」が領土の確保を前提に、イスラーム原始共同体の形成を試みたことは、中東秩序の再編と、正統性の未保持という既存のテロ組織の課題を同時に克服するものであったと言えよう。

最後に 「イスラーム国」はどこまで見通していたか

本稿では、「イスラーム国」が国家を目指した理由として、中東地域にある思想的背景と領土を確保することによる現実的な正統性の確保にあると論じてきた。

ここから導き出されるのは、中東地域では一定の思想的根拠を背景に領土支配を行う集団には、国際社会の承認がなくとも、「国家」としての正統性が付与される余地が存在するということである。

正統性を保持した「イスラーム国」が提示したのは、第一次世界大戦以後、中東地域にこびりつく「病理」への「解決策」であった。

その「病理」といえば、欧米諸国が持ち込んだ主権国家体制が、逆に主権国家内の支配を弛緩させるという皮肉めいた状況であり、「解決策」といえば、国際社会の立場とは異なる次元で秩序を描くというものであった。主権国家体制は中東に平和をもたらさないばかりか、「イスラーム国」が提示した別次元の領土的秩序によって否定される可能性を持ったのである。この背景には国際社会が描いた秩序が、イスラーム的世界観のニーズをすべて汲み取るものではなかったことがある。その結果、「イスラーム国」によって、中東地域においては国際社会の秩序と中東地域独自の秩序のダブルスタンダードが存在しうることが示された。

「イスラーム国」は一介のテロ組織でありながら、地域の混乱の解決のために原始イスラーム共同体をという「国家」を現代社会に設置しようとした。この「解決策」は中東地域の秩序再編のために再利用が可能であると思われる。なぜならば、「イスラーム国」が自らの正統性の確保のために依拠したのは中東地域で一定の普遍性を持つ思想的根拠と領土確保による統治能力の誇示であったからだ。「イスラーム国」が提示した「解決策」を実行するのが「イスラーム国」である必要はない。

「イスラーム国」は自らが描いた地域秩序が将来にわたり、中東地域でリサイクルされる可能性があることを予見していたのだろうか。現在ではわからない。今後の課題となろう。しかし、「イスラーム国」が国際社会とは別軸で帝国的秩序を構築する「解決策」を提示し、一定期間、成功を収めたことの重要性は変わらない。「解決策」を提示するにあたり、領土を確保し、「国家」としての体をなすことが「イスラーム国」にとって重要だったのである。(4990字)


[i] 日本経済新聞5月13日付『「イスラム国」、「インドに支配地」主張、勢力維持装う?』

[ii] 森 伸生 『「イスラーム国」現象について ―「イスラーム国」の特異性を考えるー』、『改革者』、2015年5月、p.30-p.33

[iii] 保坂 修司(2014)『「イスラーム国」の脅威とイラク、第6章「イスラーム国」とアルカイーダー液状化するサイクス・ピコ体制とカリフ国家の幻影』、岩波書店、p.223 ※課題文献

[iv] 六辻 彰二、『「イスラーム国」(IS)台頭の構図』、「海外事情」平成27年(2015年)10月号

[v] ロレッタ・ナポレオーニ、『イスラム国―テロリストが国家を作る時』、文藝春秋、2015年10月、p.133 ※課題文献

[vi] 「外交」2014年11月、p.64

[vii] 酒井啓子、『「イスラム国」脅威の本質は何か ―イラク戦争―対テロ戦争―アラブの春の吹き溜まり』、「外交」2014年11月、p.40~p.45

[viii] 青山弘之(2014)『「イスラム国」の正体を探るー「国家」を作って聖戦を仕掛ける逆転の発想』、「外交」2014年11月、p.56~p.60

[ix] 池内恵(2015)『イスラーム国の衝撃』、文藝春秋、p77〜p.84

[x] 六辻 彰二、『「イスラーム国」(IS)台頭の構図』、「海外事情」平成27年(2015年)10月号