僕らは日本が北朝鮮を礼賛していた時代を忘れちゃいけない

僕らは日本が北朝鮮を礼賛していた時代を忘れちゃいけない

1960年代。多くの日本人は北朝鮮を「地上の楽園」だと本気で思っていた。今こそ変な国のイメージが定着した北朝鮮。しかし、わずか60年前、北朝鮮へのイメージはまったく逆だった。

このイメージが定着した背景には「北朝鮮帰国事業」があった。今回はそのお話をしたい。

過酷な運命の在日朝鮮人

戦後、日本国内には多くの在日朝鮮人がいた。日本に留学した人、強制的に日本に連れてこられた者。彼らは様々なバックグラウンドを持っていた。

彼らの運命は過酷だった。その多くが貧困であり、衣食住に困る者ばかり。日本人はそのような在日朝鮮人に優しく手を差しのべることはなかった。そんな在日朝鮮人が祖国の朝鮮半島に帰りたいと思うのは自然なことだった。

しかしいざ朝鮮半島に帰ろうと思っても、彼らは難しい判断を迫られた。祖国は第二次世界大戦を通じて昔の祖国とは全く異なるものになっていたからだ。

1948年。朝鮮半島は二つに分断された。北側に朝鮮民主主義人民共和国、南側には大韓民国。この二つはまったくタイプの違う国だった。かたや社会主義の全体主義国家。かたや資本主義の世界最貧国。

祖国に帰ろうと思ってもどちらの国に帰ればいいのか?在日朝鮮人は悩みに悩んだ。

ウィンウィンの日朝両政府

1960年代に入り、両国には国力の点で差が開き始めていた。北朝鮮は重工業優先の計画経済で確かな成長を実現する一方、韓国は農業も工業もうまくいかず、極めて貧しかった。北朝鮮は韓国に対して優位な立場にいた。

北朝鮮はさらに韓国に対する優位を拡大するために在日朝鮮人に目をつけた。貧困と迫害に苦しむ在日朝鮮人を自分の国に呼び込もうとしたのだ。帰国が実現すれば、北朝鮮は海外で苦しむ同胞を助ける素晴らしい国家だとアピールできる。北朝鮮にとって在日朝鮮人は自分をよく見せるために利用したかったのだ。

当時の日本政府としても在日朝鮮人は国内の治安や経済の面から「厄介者」だった。日本政府は貧しい朝鮮人を日本国内に置いておくよりも本国へと帰国させようと思うようになった。

日朝両政府にとってウィンウィンの構図が出来上がっていた。こうして始まったのが「北朝鮮帰国事業」であった。

北朝鮮への帰国船の様子

北朝鮮は「地上の楽園」?

在日朝鮮人を惹きつけるべく、北朝鮮は在日朝鮮人に向けて大々的なプロパガンダを行った。北朝鮮がいかに素晴らしい国家であるかを宣伝しまくったのである。日本社会はその北朝鮮のプロパガンダを素直に受け入れた。多くの新聞で北朝鮮は「地上の楽園」との見出しが躍っていたのである。

当時の新聞記事を抜粋してみよう。

北朝鮮は変わった。この言葉はわずか数日間の北朝鮮の北朝鮮滞在の間で何回となく、どこででも聞かされた。3年前に北朝鮮を訪れたことのある記者ですら平壌でわかったのは大同橋と平壌国際ホテルだけだったと驚いたほどの凄まじい建設のテンポである。

1959年12月27日付『産経新聞』

(北朝鮮には)戦争の後輩と貧乏のどん底から立ち上がって前途に希望を持った喜びが感じられる。衣食住がどうにか安定し、働けば食えるようになった朝鮮に、他国で苦労している同胞をひきとっていっしょに働こうという気持ちが今度の帰還問題の底に流れている

1959年12月25日付『朝日新聞』

他にも当時の東京都知事が北朝鮮で金日成首相と面会し「資本主義は社会主義に負けました」と発言したり、新聞主要5社が共同で『北朝鮮の記録』を発表したりした。

どれもが北朝鮮の体制宣伝を真に受けた所産だった。その結果、在日朝鮮人は多くが北朝鮮へと渡る決断をする。その時点では彼らはまだ「地上の楽園」がまったくの嘘であることには気づいていなかった。

北朝鮮に「帰還」した朝鮮人の運命はもはや言うまでもない。彼らは北朝鮮当局にとって「道具」にしか過ぎなかったのだ。帰国してまで厚遇する必要なはない。多くが貧しい生活のなか過酷な労働を強いられた。

ここが「地上の楽園」なのか。帰国者の多くが絶望し、日本へ帰ることを希望した。しかし、その願いは叶うことはなかった。「地上の楽園」はまさしく虚構であった。

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どうも。アキです。僕は北朝鮮帰国事業の話を聞いた時、如何ともしがたい悲しみに襲われました。情報不足の中、嘘の体制宣伝を信じた多くの在日朝鮮人が悲劇に見舞われてしまったからです。

彼らのように情報不足の中、決断しないといけないのは辛いことです。当時の北朝鮮に関するわずかばかりの情報はすべて嘘。誤った判断をしてしまうのは仕方のないことかもしれません。

僕らはこの悲劇から何を学べるのでしょうか?それは「情報の立ち位置を知る」ことにあるのではないかと思うのです。

情報そのものを検討することは確かに必要です。そこからさらに踏み込んで、なぜその情報が我々の前に現れているのか?なぜ今、メディアはその話題を扱っているのか?を考える必要があるのではないかと思うのです。

帰国事業をメディアが扱った背景には北朝鮮の体制宣伝と日本政府の意向がありました。メディアは両者の意思を汲み取って、北朝鮮礼賛の記事を作り、世論はそれをまんまと信じた。

北朝鮮礼賛の背景にある日朝両政府の思惑を見破れていたなら、この悲劇は起こっていなかったでしょう。

僕らは情報の「立ち位置」を知って、決断をしていかないといけないのです。

では。

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