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【無知の知】今の時代、知らないことを知らないと言えることがめちゃくちゃ大切

【無知の知】今の時代、知らないことを知らないと言えることがめちゃくちゃ大切

今の時代、知らないことを知らないと言えることがすごく重要だと思います。自分は何も知らないんだと認めることで自分にとって有意義な情報にアクセスするマインドができるからです。

今回はそんな現代における「無知の知」の重要性を話していきます。

増える情報量

現代はテクノロジーの影響を受け、情報が増えました。グラフを見れば一目瞭然です。

情報が増えたことの意味

さて情報量が増えたということはどういうことを意味するのでしょうか。

考えられるのが、新しい情報の量が増えたということです。当たり前です。ツイッターやフェイスブック、ユーチューブは情報の発信量を増やしました。

これまで公になることのなかった、人の考えや動物の可愛い仕草(一例です)が「情報」になって、世の中に出てくるようになりました。新しい「情報」は確かに増えているようです。

テクノロジーによる社会の変化は情報の価値を上昇させました。情報が天下をとる時代になったのです。世界はとても速い時代になりました。その速い時代で、人が時間を無駄にせずに行動するには情報が大切です。情報が人の行動を制御する時代になったのです。情報には高い価値がつくようになりました。

少し話は脱線しますが、情報の価値に気づいた人たちが既存の情報をいじり、情報を発信しているように見せかけている場面もよくあります。質の悪いWebメディアが増えている背景は「情報」が儲かるものになったからです。

知らないことも増えている

情報が増えることで、僕らが知らないことも増えました。

僕らの処理能力には限界がある以上、その限界をはるかにオーバーする情報の全てを処理することは不可能です。僕らにとって知らないことがどんどん増えているのです。

そんな時代だからこそ、僕は知らないことを知らないと言えることが大切になるんだろうと思います。

知らないことを知らないと言うのは勇気のいることです。知らないことを認めるのは自分を否定する行為だからです。

あなたの言っていることがわかりません。それはどういう意味ですか。もっと詳しく説明してください。

このような質問をすることはプライドの高い僕のような人にとって負担が大きいでしょう。つい自分が持っている知識でごまかそうとするでしょう。知ったかぶりをするでしょう。

しかし、それでは今の情報社会を賢く生きていけるとは思えません。知ったかぶりの知識で相手の話に合わせるのではなく、「知らないから今調べるわ」という生き方のほうがコミュニケーションとして誠実だからです。

かつてはインターネットにこんなにも情報が氾濫していることはありませんでした。しかし、今では「ググる」という言葉に代表されるように情報は僕らの目の前に転がっています。

それを「知らない」自分はありえないというプライドに邪魔されて、みすみす自分から取りに行かないことは賢明とは思えません。

情報は増え、知らないことは増えています。まずそのことを認めてしまえば、自分が無知なことも正当化することができます。プライドの高い人もこれで安心です。

知らないことを知らないと認めることは何も恥ずかしいことではありません。そこでのアリストテレスの「無知の知」の考え方は参考になります。

知らないことを知らないと認識することからすべてが始まるとしたアリストテレスのようなマインドを持てば、素直に情報にアクセスしようと思えるのではないかと思えてなりません。

それに加えて、その情報へのアクセスも容易になっています。僕らの情報へのアクセスは知らない自分をまずは受け入れることから始まるのではないかと思うのです。

くだらないプライドに振り回されることなく、自分が知らないことを知らないと言えるようになろう。そしてググろう。情報量が多い時代、知らないことが多いのは何も恥ずかしいことではないのです。