今の時代に朝鮮半島を研究するということ

今の時代に朝鮮半島を研究するということ

今回は朝鮮半島というものを研究対象として扱うことは日本の中で何を意味するのか?について考えたいと思います。

日本の中で朝鮮半島なるものは「疑心暗鬼」の対象です。韓国に対しても北朝鮮に対しても好意的な感情を持っている人は驚くほど少ないのもまた事実です。

そのような世論に研究は少なからず影響を受ける可能性があります。

しかし、永遠の隣国として朝鮮半島を日本で研究することの必要性は言うまでもない。今回はこの朝鮮半島研究を日本で行う意味について考えていきたいと思います。

朝鮮半島と日本の関係性

朝鮮半島と日本の関係性というのはまったくもって望ましい関係性ではない時代がここ数世紀に渡って続いています。

1910年から始まった日本の朝鮮半島支配はその真実が何であろうと朝鮮半島に対して反日をもたらしたことは事実だからです。

その反日こそが韓国や北朝鮮のアイデンティティの一部として成り立っていることからも朝鮮半島という地域と日本が望ましい関係ではないことを示している。

研究をするものとしての望ましい態度

疑心暗鬼にあふれた朝鮮半島との関係性を容易に払拭できるとはまったく考えておりません。そんな時が来るのでしょうか。僕はその時まで生きていることができるのでしょうか。

しかもめんどくさいのは朝鮮半島にまったくタイプの違う二つの国があることです。この二つの国同士が対立しているのもめんどくさい。

日本にとってはよっぽど一つの国家しかない方が外交が簡単であったと思います。

そのような研究対象に対して、価値判断的な思考を持ち始めたら終わりです。もはや朝鮮半島をダシにするコンテンツはビジネスになりました。嫌韓だ嫌韓だいっているのはもうそれをやって胸がスカッとするからであり、目の前に韓国人がいたら同じことをいうことはできないのです。

研究はビジネスではありません。だからこそ、コンテンツに与することがあってはならないのです。

そんな中、僕は現在の日韓関係を見てもどうも思わないのです。日韓が交流すべきであるとも思いませんし、かといって断行すべきだとも思いません。このような態度は我ながら理想的です。研究対象としての朝鮮半島は面白いですが、嫌韓は特に面白くありません。かといって好韓でもありません。

朝鮮半島を前にすると好きだ嫌いだの感情が停止した気分なのです。歴史は繰り返すという言葉が正しいのであれば、おそらく日韓関係は僕が生きている間はこれまでのように協力と対立を繰り返すのでしょう。

南北統一などの大きな地殻変動が起きない限り、韓国は日本の横に存在し続けます。これは日本にとって避けられない運命です。

研究者だけでない市民レヴェルでもその運命に真剣に向き合うべきだと思います。隣人を遠ざけ、断行!断行!叫ぶ人もいます。韓国をダシに政権批判を行う左翼もいます。

僕からすればどちらも同じ穴のムジナです。やっていることは変わりません。どちらも現実を直視せず、自分の都合のよいように相手を解釈しているだけですから。

おそらく研究はこれらの人を変えることはできないでしょう。しかし、良心的な日本市民は多いはずです。あの半島が自分たちの隣人であるという「宿命」にも似た「運命」を受け入れながら、理想的な関係を模索しようとする日本の方は多いはずです。

研究者はそのような人たちに、朝鮮半島と冷静に付き合うために必要になるリソースを提供する仕事をなすべきではないかと思うのです。