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サピエンス全史にみる「歴史」を学ぶ意義とは?

サピエンス全史にみる「歴史」を学ぶ意義とは?

サピエンス全史の著者が唱える「歴史を学ぶ意味」とは?

大人気「サピエンス全史」の中に興味深い一説があります。著者のユヴァル・ノア・ハラリは歴史を研究する意義について考察している一説です。少し長いですが、示唆に富んでいるので抜粋してみましょう。

…歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの目の前には想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ…

ーサピエンス全史 下 P48 第13章 歴史の必然と謎めいた選択 より

ちょっと長くて煩雑です。ハラリの言わんとすることを二つに分解してみましょう。

一つ目が

歴史を知ることで、人がたどってきた複雑性や偶然性を理解できる

ってこと。

二つ目が

歴史を知ることで、未来にはあまりに多くの可能性が潜んでいることを理解できる

ってことですかね。

順番としては

「偶然性や複雑性」を知る→「未来における多様な可能性」を知る

ってことですかね。

一般論とは異なるハラリの主張

彼は一般的な歴史を学ぶ意義から一線を画しています。

一般的な歴史を学ぶ意義といえば、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」に見ることができます。

「賢者が歴史に学ぶ」は未来予測!?

「賢者が歴史に学ぶ」って

賢者は、歴史=他者の経験を参考にして、同じ失敗しないようにする

って意味ですね。

他者の失敗を学ぶことで「こうしなければ失敗しないだろう」ってある意味「未来予測」している。

この点で「歴史は未来予測の手段ではない」と主張するハラリと異なっています。ハラリの言う歴史を学ぶ意義とは一般論とは違うのです。

「歴史」から学ぶことで得られることとは?

ハラリが強調していること。それは「歴史」によって「将来には多様な未来が待っていると理解できる」です。具体的な未来を予測することはできるわけではありません。

それもそうです。今から50年前に歴史を学んだところでソビエト連邦が崩壊することを予測することができた人はいないと思うのです。ましてや9・11のテロなんてなおさらです。

再び、ハラリの言葉を引用します。

歴史は決定論では説明できないし、混沌としているから予測できない。

ーサピエンス全史 下 P45 第13章 歴史の必然と謎めいた選択より

ハラリが言いたいこと。それは歴史を学び、将来はこうなると安易に予測することの危険性です。歴史はカオスであり、未来もまたカオスです。未来はいつか「歴史」になるからです。

これまで紹介してきた部分は歴史学者としてのハラリの矜持がよく表れています。「サピエンス全史」を通じて、時代の寵児になったハラリ。彼の思いを通じて、皆さんが歴史を学ぶ意義について、考えるきっかけになれば幸いです。(堅い…)