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【国家の論理】東アジアはなぜこんなにも混乱するのか

【国家の論理】東アジアはなぜこんなにも混乱するのか

東アジアが抱える大きすぎる懸念事項

現在の東アジア世界は闇が深い。世界のダークサイドである。目下の懸念事項は2つある。北朝鮮問題と米中の貿易問題だ。日本は錯綜する国家間関係の中で国益を追求しなければいけない。

そのためは同じく東アジア世界のメインプレイヤーである中国と韓国と良好な関係を築く必要があるのは明白である。ことあるごとに韓国との断行を叫ぶ方がいらっしゃるが、それは近視眼的な考え方ち言わざるを得ない。韓国は何十年後も何百年後も日本の隣に良くも悪くも存在し続けるのである。

この地政学的な考え方を持つことで未来志向の東アジア世界を考えることができる。

しかし、現実はうまくいかない。日本と中韓との関係性は流動的なのだ。

2018年時点で日中関係は良好になりつつあるが、尖閣諸島の問題は棚上げされている。日韓関係は冷却化への道をたどろうとしている。竹島の問題が暗礁に乗り上げているのは言うまでもない。

ことさら領土問題を取り上げたののには意味がある。東アジア世界を未来志向の安定したものにしていくためには領土問題という外交面での「トゲ」を取り除く必要があるからだ。

しかし、この「トゲ」を解決するためには克服すべきものがある。それが「国家の論理」である。

「国家の論理」という根深い問題

「国家の論理」とは「国民国家の論理」と言い換えることができる。国民国家では、自国の「領土」や「一民族一国家」など、「ナショナリズム的」な側面がある。今でも東アジア世界はこの「ナショナリズム」が残り続けている。「国家の論理」が働く世界では「自国の領土」や「歴史認識」をめぐる問題が多くなる。それが現在の東アジア世界なのだ。

一方のヨーロッパをみてみよう。ヨーロッパではEUが成立し、その結果、共通の通貨や共通の政府が導入され、国境の往来も自由なものになっている。この姿が「国家の論理」が働いていない姿である。

東アジア世界では各国が、自国の国益の追求のみに邁進していく傾向にある。すなわち、「領土」や「歴史認識」が各国間に大きな問題として横たわっているのである。「国家の論理」が各国で働くと、各国は自国の考え方で外交なり、通商活動なんなりを進めることになる。

これではヨーロッパのような「価値の共有」に基づいた地域共同体の設立など夢のまた夢であるし、現在横たわっている「領土問題」や「歴史認識の問題」などを解決することは不可能であろう。

なぜ東アジアには「国家の論理」が根深く根を下ろすようになったのだろうか。これには日本の朝鮮半島支配や日中戦争と無関係ではない。すなわち中国と韓国が「日本に侵略された」という経験を持つことになる。

これによって、東アジアの世界には「自分たち」と「そのほかの人」、端的に言えば「味方」と「敵」という構図が人々の中に残っていると考えられるのである。

東アジアをめぐる問題は北朝鮮や米中貿易戦争だけではない。東アジア各国の潜在的な思考法ーここでは「国家の論理」と呼ぶことにしているーが根深い問題をより根深くさせているのである。