新年の辞 2019年を迎えて

新年の辞 2019年を迎えて

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。以下、新年の辞です。

ブログを始めて、10ヶ月ほどになる。

僕はアウトプットの手段として使っている。日々、自分が感じたことや考えたことをまとめて置くためのものだ。ブログを始めた当初も今もずっと迷走している。

政治の解説をやってみたり、ニュースの解説をやってみたり。でもやっぱり僕にポジションがないからなかなか読んでくれる人はいない。

ブログの世界もレッドオーシャンですごい人はほんとうにすごい。いっぱい稼いでる人もいれば、とてつもない発信力を持っている人もいる。

そんな「インフルエンサー」のツイッターなどを勉強もかねてフォローしている。しかし、なんだか悲しくなってくる。いつしか自分と彼らを比べてしまっている自分がいるんだ。かないっこないのに。

彼らと比べてしまうってことは無意識下で彼らのお金の部分や発信力の部分を妬んでいるんだろうなあと思ってしまう。かないっこないのに。

僕はお金が欲しくってブログをしているんだろうか。僕は発信力が欲しくってブログをしているんっだろうか。いいねが欲しくてブログをやっているんだろうか。

どれも違う。と僕は思っている。いや、違うと思いたいだけなのかもしれない。

「お金」とか「人気」とかクソ喰らえだと蹴飛ばしてしまいたい。僕は純粋に「頭がよくなりたい」という思いに支えられて人生を生きてきたように思う。

そのせいで変にプライドが高くなってしまい「お金」とか「人気」なんて俗物だ。オレには関係ないねと感じる人間になってしまったのだろうか。なんだか自分の人生が間違っていたような気分になって新年早々鬱である。

ブログの話に戻そう。

ブログを始めたのもアウトプットを通じて「頭がよくなりたい」と感じたからだ。でも、気づけば、世間に猛威を振るうSNSビジネスの大きな潮流の中に飲み込まれ、自分を見失っていた。

自分を見失うのもブログを読んでくれている人の数が伸びなかったり、全然お金にならなかったりするからなんだろう。

かと言って、僕自身がブログを通じて皆様に提供できる価値なんて微々たるものだ。一介の大学生が伝える情報なんて大人の専門家には勝てない。だから、お金にもならないし、読んでくれる人も増えない。

しかし、2018年を通じてやっぱり「書くこと」は自分の頭をよくする方法だと悟った。言葉による思考を続けていくことが大切なんだと。明らかに議論の場における僕の発言は量と質、二つの面で変わったと実感したからだ。

2019年。僕は僕のために文章を書き連ね、何より「続けること」を目標に頑張っていきたい。いや「頑張っていきたい」なんてぬるい。

絶対にやるのだ。毎日更新をする。それが「頭がよくなる」一番の方法であると2018年に悟ったから。