「失敗」は「経験」となり闇に葬られる

「失敗」は「経験」となり闇に葬られる

オスカー=ワイルドの言葉

イギリスの劇作家・オスカー=ワイルドはこんな言葉を残しています。

「経験とは、みなが『失敗』につける名前のことだ」

(Experience is the name everyone gives to their mistakes.)

この言葉を目にした時、どこか心に引っかかるところがあり、ウダウダと考えて込んでしまいました。

クヨクヨ考えていても仕方ないので、文章にすることにします。

しばしお付き合いを。

解釈①:自己啓発

この言葉の最初の解釈。それは自己啓発的なものです。

「失敗」を「経験」と名付けてしまおう。

そうすればどんなにやらかしても前向きに進んでいける。

パッと見は薄っぺらい自己啓発の言葉にも見えます。

解釈②:劇作家の皮肉

しかし、おそらくオスカーの本意は違うでしょう。

オスカーは19世紀に活躍したアイルランド出身の作家です。

頽廃。耽美。懐疑。

これらはオスカーの作品を表すためによく使われる言葉です。

アイルランドの荒涼な土地はどこか彼の作風と通じるところがあります。

それは人間はみなで協力して「失敗」に向き合わない動物であるということでした。

「失敗した」…と落ち込んでいる時に横を通りかかった友人が

「まあいい経験になったでしょ」

と言って励ましてくれる。

こんな経験、多くの人には思い当たる節があるのではないでしょうか。

友人の励ましを受けて「失敗」も「経験」と名付けてしまえば、どんなにやらかしても前に向ける。よい話ではありませんか!

よい話では

ありま…

せん…

か…

??

???

本当にそうかな?

結局「失敗」が「経験」として正当化されているだけじゃないかな?

「経験」として正当化された「失敗」は振り替えられることはないでしょう。

「経験」となったら最後。元々の「失敗」は闇に葬られます。

人は「経験」となった「失敗」を「成功」としてしまう。「経験」としてメッキをかぶせてしまえば、「失敗」すらも価値あるものになりますから。

そんな「失敗」をわざわざ振り返る人なんでいないでしょう。

せいぜい3ヶ月後に「あの失敗はよい経験になったな」と思うだけ。

「失敗」を「経験」と名付け、「失敗」に向き合おうとしない人間の性を鋭くついたオスカーの言葉に僕もハッとさせられました。

まとめ:「失敗」にどう向き合うか

オスカーはやみくもに「失敗」を「経験」にしてしまえばいいと言っているわけではありません。

むしろ人間は自分の都合の悪いものを何かと理由をつけて都合のよいものとして書き変える傾向にあると言っています。

僕も思い当たる節がありすぎて苦しくなってきました。

「失敗」に向き合うことは大切です。

そう。大切なんです。

わかってはいるんですよ。

でもそれができないのが人間なんですよ。

失敗に向き合うって難しいですね。

失敗にちゃんと向き合う最初のステップは

「失敗」を「経験」にすり替えた瞬間だけは逃さない。

これに尽きるのではないかなと思っていたり。

「あ。またやっちゃったなー」

と思えたら、とりあえずはよしとしましょうか。

それでは。