僕のブログがつまらない件について

僕のブログがつまらない件について

俺の文章、つまんねえ

これはブログを書く上で非常に大きな問題である。書いた記事を見返してみると非常につまらない。つまらない。滑りまくっている。君センスないよ!

読者の方からは冷蔵庫から取り出した生卵を投げつけられるレベルである。

自分の記事を見返すたびに「ダラダラつまんねえこと書いてんじゃねえよ」と頭に血が上ってくる。その度に、よし!次は面白い記事を書こうと躍起になる。で、キーボードをバシバシと叩き始める。しかし、そうして出来上がる記事もつまらない。本当に困ったサイクルの中をぐるぐると回ってしまっている。

ダラダラと喋る人は嫌いだ。

でもブログでは自分が「ダラダラ喋る人」になってしまっている。ブーメランを投げ、ダラダラと喋る人間を狙撃しようとしたのだが、そのブーメランはなぜが僕めがけて返ってきた。僕はあまりに意表をつかれ、避けることができなかった。僕の頭にはブーメランが今、ぶっ刺さっている。

あうアウアウアウアウ

自分の記事を読み返すたびにイライラしていると自己肯定感がどんどん下がってしまう。もっと自分が生き生きとキーボードを叩けるようにしないといけない。

僕がつまらないなあと嘆くのは、僕自身がリアルではそれなりに笑いをとる方の人間であることと関係している。(自分で言うか)すなわち、リアルとブログでの自分に乖離が生じているのだ。

乖離があると「こんなはずじゃないのに…」といった思いが出てくる。もう少しブログで「ふざけられれば」いいのになああああと思い続けて三千里。ブログを始めた1年間で僕はついにふざけることができなかった。

根が真面目なのである。自分で言うか。(2回目)いざキーボードを叩こうを思っても真面目にかっこいいことを書こうとしてしまうのだ。書いているときは悦に入って、機嫌よく書いているのだが、見返してみると本当に顔が共産主義者よろしく、赤くなってくる。

恥ずかしや。やっぱりブログは遊びであることをもっと意識しないといけない。

僕はブログで遊んでいるのだから、もっとふざけていいじゃないか。浪人時代、友人に「抜群の言語センスだね」と言われた。その友人は今では東大生様になった。東大生様のありがたいお言葉を唯一の支えにして、これからよりブログでふざけていこう。

ふざけられれば、その「抜群の言語センス」が発揮される可能性はある。逆にふざけられないと、抜群の言語センスが発揮されることはないだろう。

ふざけるにはどうしたらいいのか? 簡単である。自虐すればいいのだ。過度な自虐はうざい。しかし、健康的な自虐ができれば、面白いだけではなく、最強に共感を呼べる。健康的な自虐と、うざいだけの自虐のギリギリのところを狙っていこう。

ブログは遊びだ。

だから続く。続いている。これからも続いていく…はずだ。

松本人志が「人生は暇つぶし」といかにも巨匠っぽいことを言った。これはもはや聖書レベルで世に知れ渡っていることである。

僕も暇つぶしをしながら死ぬ瞬間を待っている。と同時に皆さんの暇つぶしのお手伝いができればいいですね。

トラトラトラ。本日も晴天なり。