韓国の根深い問題!「地域主義」をわかりやすく解説

韓国の根深い問題!「地域主義」をわかりやすく解説

韓国では「地域主義」が選挙結果に影響を及ぼしてきた歴史があります。1987年12月の大統領選はその典型です。

「地域主義」とは、有権者が選挙において、地元出身の候補者に投票する傾向が全国で現れる傾向のことです。韓国ではこの「地域主義」が根深い問題として残っています。

このチャプターでは、なぜ韓国で「地域感情」が生まれるのかを見ていきます。

なぜ「地域感情」があらわれる?

1987年の韓国大統領選では16年ぶりの直接選挙が実現しました。結果は盧泰愚が勝利。この選挙戦では地域ごとに候補の投票先がまったく異なる傾向が現れたのです。

韓国の地域区分の確認

ここで一旦、韓国の地域区分を確認しておきます。韓国は1特別市、6広域市、1特別自治市、9道からなります。詳しくは下の画像で確認してください。

韓国の地域区分です。日本と比べて少ないですね。

嶺南 VS 湖南 の地域主義

選挙においては特に嶺南地域と湖南地域の対立が地域主義となって現れました。原因としては三国時代に起源を持つとの説があるが、真偽は確かではありません。

地域主義を生み出した3つの理由

①嶺南による政界支配

歴史的に見て、中央政府人事の中には嶺南出身者が多くを占めました。確かに嶺南地域は人口が多いです。しかし、それを考慮しても多くの割合が嶺南出身者で占められました。

国務総理をはじめとする政権中枢にも嶺南支配は顕著です。湖南出身者はほとんど登用されていません。地域主義の原因はこの「嶺南ー支配、湖南ー被支配」構造に見いだすことができそうです。

②韓国国内の地域区分が少ない

原因としてもう一つ考えられるのは、韓国国内には同規模の地域が3〜4しかなく、一つの地域が優遇されれば、他地域が疎外感を抱く可能性が高いということです。

③湖南出身者への根深い偏見

非湖南の湖南地域出身者への偏見が地域主義構造に影響を及ぼしていると考えられています。湖南地域が歴史的には不利益な扱いを受けてきたということです。社会生活の中で不利益を受けた割合では湖南地域出身者は他地域出身者を圧倒しているのです。この事実が選挙の際に影響していると考えられています。

問題の核心は「嶺南の地域主義的支配権力の長期執権と湖南に対する否定的偏見と孤立化」があったと金満欽は述べています。

地域主義の歴史

「嶺南偏重人事」が取られるようになったのは朴正煕政権以降のことです。それに加え、「嶺南ー優遇、湖南ー疎外」の経済開発が湖南地域の不満を高めました。以下では、韓国の地域主義を生み出した歴史的な背景を見ていきます、

政治、経済面で負の歴史を持った湖南

朴正煕政権はソウルー大邱ー釜山、いわゆる「京釜軸」で経済開発を進めます。その結果、60年代〜70年代、湖南地域は開発から取り残され、ソウルや釜山などの大都市に人口が流失します。

大都市に流入した湖南出身者は日雇い労働者として低所得者層を形成、差別の対象になります。湖南地域出身者への嫌悪度は全国的にも高く、湖南出身者は不満を抱えることになったのです。

光州事件は地域感情、地域主義のわだかまりをより一層深めました。光州事件を鎮圧された湖南住民は被害者意識を強めたのです。光州事件を鎮圧した全斗煥政権下でも閣僚の多くが慶尚道=嶺南出身だったからです。

「民主化後」の地域主義問題

1987年、長らく軍事政権が続いた韓国で民主化が達成されます。しかし、政界で民主的な論争が行われることはありませんでした。地域主義の構図を引きずったまま、民主政治が行われることになってしまったのです。

地域主義から理念対立へ

近年、地域主義は緩和傾向にあります。その一方で、新たに理念対立が韓国社会の分断をもたらす傾向にあります。

理念対立とは、「保守ー革新」のような考え方の違いをめぐる対立のことです。理念対立は多種多様で、韓国社会の複雑性を示すものです。

注目すべき理念対立に南南葛藤があります。南南葛藤とは北朝鮮への対応をめぐる対立です。文政権は北朝鮮との融和を進めていますが、前のめりすぎるという批判もあり、南南葛藤が今後フォーカスされる可能性があります。