北朝鮮のロシアとの歴史をわかりやすくまとめました

北朝鮮のロシアとの歴史をわかりやすくまとめました

北朝鮮は不思議な国家です。日本人なら誰しも「変な国だなあ」くらいの感覚は誰しもが持っているでしょう。北朝鮮をまともな国と思っている人はなかなかいません。

ネタには事欠かない北朝鮮ですが、その北朝鮮にも確かに歴史が存在します。その歴史は周辺国との交流・対立の歴史でもあります。

この記事では北朝鮮が1948年以後、周辺国とどのような関係性を持ってきたのかについて解説していきます。周辺国とは、ソ連(ロシア)、アメリカ、韓国、日本です。

今回はソ連との関係性についてです。

具体的な事件の名前などは掲載せず、ざっくりとした流れを掴んでいただければと思います。それではよろしくお願いします。

これまでのソ連(ロシア)との関係性

ソ連はもともと朝鮮半島北部をそこまで重要視していませんでした。第二次世界大戦時にソ連が侵攻したのが中国東北部であったことはその証左です。

しかし、米ソ冷戦が始まると朝鮮半島はアメリカと対峙する最前線になりました。ソ連の中で北朝鮮地域の重要性が飛躍的に上昇したのです。

結果的に、1948年の朝鮮民主主義人民共和国建国はソ連の影響を非常に大きく受けたものでした。建国記念式典にはソ連のスターリンの肖像画が掲げられていたくらいです。建国当初、北朝鮮はソ連依存の国家運営を迫られてたのです。

一部界隈で大人気のスターリン同志

しかし、スターリン死去によってソ朝関係は変化します。スターリンの後任・フルシチョフによって1956年にスターリン批判が行われると、ソ連と中国との関係が悪化します。スターリンは社会主義勢力の中心で神格化されていましたから、スターリンを批判することはこれまでの歴史をひっくり返すことに他なりません。当然中国としては話が違うだろということになるのです。

ソ連と中国の関係が険悪になると、北朝鮮は社会主義勢力からの自立を図ります。社会主義に全面的に依存していると中国とソ連の論争=中ソ論争に巻き込まれ、自分の立場が苦しくなることを悟ったからです。

この中国とソ連の対立に始まる北朝鮮の自主路線を「主体路線」と言います。この思想は今の北朝鮮も受け継いでいるので覚えておいて損はないでしょう。

さて、中ソ論争によってソ連は社会主義勢力の中で中国を孤立させようとします。北朝鮮はソ連依存からの脱却を進めていましたから、必然的に中国との関係が深くなりました。

ソ連からしてみれば北朝鮮は重要な対中関係を考える上で厄介な存在になりました。中国が北朝鮮を子分のように扱い始めたからです。しかも、ソ連にとってもっとも大きな敵であるアメリカと最前線で対峙するのが北朝鮮でしたから無碍に扱うわけにもいきません。

イライラ

ソ連にとっての北朝鮮とは米中という二つの大国との関係を考える上でチクチクとした厄介な存在だったのです。

これはソ連が崩壊した今でも変わりません。朝鮮半島は南北に分断されています。この構造が変化しない限り、ロシアにとって北朝鮮は地政学的に米中との関係の中で考えなければならない存在なのです。

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