大学生活での人間関係は少し、寂しい。

大学生活での人間関係は少し、寂しい。

会ったこともない後輩の履修相談を2年に渡ってLINE上で受けている。いきなりサークルの同期から履修相談乗ってやってくれとラインアカウントを渡されて、相談に乗り始めたのが関係の始まりだった。その関係がズルズルと続いてしまっている。

いけない関係だなと思う。別にいかがわしいことをしているわけではないのだが。出会い系アプリを使っている気分になり、なんだか後ろめたい。出会い系を使ったことはないが。

「なんだか、顔見たくなっちゃった…」

「僕ら気があうと思うんだよね」

「今日の7時、恵比寿駅、待ち合わせはどうかな?」

…なんて誘い文句は僕にでも浮かんでくるが、なにせ相手が男なのでそんな気にもならない。

しかし、ダラダラと彼の相談に乗っているのもバカらしくもある。あまりに慈悲の心を持っているせいなんだよね。ふふふ。

しかし、それにしても大学には不思議な人間関係のオンパレードだ。

履修相談後輩くんをはじめ、利害関係に縛られた関係はよくある。

普段、あいさつもしないのにテスト前にいきなりLINEに現れて「あのー木曜4限の授業取ってませんか?」とか聞いてくる授業切りまくり野郎なんて最悪だ。

不思議な人間関係を続けていると、不自然なヨッ友ばかりが増えてしまう。困ったもんだ。利害関係でしかつながっていないのでもっと仲良くなろうとは思えない。

打算的な人間関係が増えてくるのが大学生活だ。打算的な人間関係を作るのは、人生を賢く生き抜くためには必要だし、このこと自体を否定する気にはなれない。

打算的な人間関係を築けるようになるのは大人へのステップだ。

社会に出れば、どうしても利害関係をベースにした人間関係が増えてくる。大学では利害関係を基本にした人間関係を学んでいるように思える。

それと同時に、学生時代は目的のない人間関係が築ける最後の時だ。しかし、今まで言ってきたように、学生同士はお互いを打算的な目線で見合っている。

相手の足元を見ながら、相手にも自分の足元を見られながら、関係を築いていくのが大学での人間関係だ。打算的だ。

打算的な人間関係を築こうとするのは大人へのステップだ。しかしそれは同時に寂しいことでもある

僕はボロボロの四畳半のアパートで本に埋もれながら、仲間たちと熱く将来や政治のことを語り合う大学生活に憧れも持っていたりする。

しかし、東京のど真ん中のキャンパスに通うがゆえに、ビジネスマンかぶれの生活や服装を強いられている。そのせいで僕の憧れは達成できそうにもない。

モラトリアムが終わりを迎えようとする以上、人間関係も変化する。小さい頃は砂場で遊んだら友達。近所の公園で遊んだら友達。ポケモン交換したら友達だった。

もうそんな人間関係は終わりだ。打算まみれの人間関係ばかりだ。

やっぱり大学生活の人間関係は少し、寂しい。