台湾の歴史を解説!【紀元前〜19世紀 編】

台湾の歴史を解説!【紀元前〜19世紀 編】

この記事では19世紀までの台湾の歴史についてサクッと解説しています。台湾は古くから居住者はいましたが、歴史の舞台に上がってくるのは17世紀からです。それ以前はなかなか触れられることがありません。この記事ではそんな台湾の歴史の「空白地帯」を埋めていきます。

無主地・台湾

台湾は長らく「無主地」でした。台湾を統一し、指導した原住民族はおらず、多くの部族が台湾島内にバラバラに暮らしていました。

新石器時代以降はオーストロネシア系が暮らしたとされますが、旧石器時代以前はどのような部落が暮らしていたのかは明らかになっていません。

古文書の台湾とおぼしき記述が登場するのが3世紀ごろ。中国では西晋が支配していた時代です。この時期から台湾の存在が中国側に認識されていたと考えられています。しかし中国が台湾を実効支配しようとする動きは皆無でした。なお、この頃には琉球諸島も台湾を認識していたとの記録が残っています。

確実に中国側に台湾の存在が認識されたとわかるのは13世紀の元王朝のころ。しかし、台湾本島には触手を伸ばしません。中国の支配下に置かれたのは台湾海峡にある澎湖諸島だけでした。澎湖諸島は13世紀後半から福建省の一部として中国に支配され、14世紀後半には住民の強制移住も行われました。

結局、元や明も台湾を認識してはいたものの台湾本島には関与せず、時代は西洋列強の中国進出の時代へと入っていきます。

諸大国による争い

16世紀に入ると台湾は西洋や日本による領土争いの舞台となりました。まずポルトガル人が台湾に到達します。

16世紀後半には日本の豊臣政権が「高山国(台湾)」に朝貢を要求し、17世紀初頭には派兵までします。

オランダが初めて台湾を支配した西洋列強となります。17世紀前半に澎湖諸島を占領し、明と衝突したオランダは和議の結果、澎湖諸島を明が、台湾本島をオランダが支配することになりました。

台湾にとってこれが初めての国家の支配下でした。オランダは台湾南部を拠点にして「ゼーランディア城」を築き、軍事的な要衝として活用しました。

オランダに続きスペインが台湾本島に上陸します。台湾西部を支配したオランダに対して、スペインは基隆や淡水など台湾北部に統治拠点を築きました。

しかし、17世紀半ばにはオランダがスペインによって駆逐され、台湾西岸一帯はオランダによって統治されました。

17世紀後半、明を放逐された鄭成功が澎湖諸島を経由して台湾本島に侵入しました。鄭成功はオランダを駆逐し、台湾での支配権を確立します。

17世紀末、鄭政権を瓦解させた清は澎湖諸島と台湾を福建省に編入しました。19世紀後半には台湾省となります。意外にも清朝の時代になるまで台湾は中国の中に取り込まれることはなかったのです。

まとめ

ここまで19世紀までの台湾の歴史についてサクッと解説してきました。日本が統治し始めた頃からの台湾の歴史は知っていてもそれ以前はちょっと知らないという方の参考になれば嬉しいです。続編もぜひご覧ください。