本物のアウトプットとはなんなのか

本物のアウトプットとはなんなのか

アウトプットに追われる毎日

私が片足を突っ込んでいるブログの世界では、「アウトプット」の必要性は至る所で叫ばれています。カリスマブロガー「イケハヤ氏」もまた「#ブログ書け」のハッシュタグに見られるように「アウトプット」の重要性を声高に叫んでいます。

今回は「アウトプット」の重要性を今一度再定義してみようという記事です。一言で「アウトプット」を言われてもその中身はなんなのか。目指すべきアウトプットとはなんなのかをもう一度考えてみたいと思います。

本物のアウトプットとは?

本物のアウトプットは圧倒的なインプットから生まれる。僕はそう思っています。頭にインプットした情報があふれ、自分なりに整理し、そこから自分独自のインサイトが生まれる。そのインサイトが「アウトプット」として世間に生まれてくるということなんだと思います。

ですから、ブログの記事=一種のアウトプットをあまりに作りたいためにインプットをすることなく、ひねくり出すアウトプットなんて大したアウトプットにはなりません。アウトプットは無理に頭の中から生まれてくるものではないのです。

かといって、僕のように時間がたっぷりある大学生ならまだしも、もっと忙しい人はアウトプットをするための「圧倒的インプット」する時間がないかと思います。

そこで必要になってくるのが、「少ないインプット」から有機的に知識をつなげる力なんだろうと思います。「1から100を知る」という慣用句もありますが、まさしく時間がない中で、自分の頭の中を飽和させるには少ない情報量で多くのインサイトが求められる。

大学生のうちから「生きる」準備をしよう

アウトプットは生きることを楽しくします。自分が学んだことを自分色に変えて、周りの人へ向けて発信することがアウトプットすることだからです。

この営みを通じて、周りから感謝されたり、信頼を得ることができる。なんて素晴らしい。さあアウトプットしよう。周りから感謝されたり、信頼されたりしたらもう人生勝ちでしょ。これ以上に嬉しいことなんてあるんですかね。

今の時代はアウトプットをする環境が整っています。ツイッターでもいいし、ブログでもいいし、手段はいろいろ。でも、周りの大学生をみているとそんなことやっている人はあんまりいない。寂しいなあ。

ゲームをしたり、飲み会をするのもいいんだけど、誰かに感謝されたり、信頼を得ることはできないと思います。感謝され、信頼を得る。これはまさしく高いレベルでの「生きる」ことだと思います。

自分の頭の中を自分の好きなことで飽和させて、自分なりの見解を提示すること。それがアウトプットの本質で、「生きる」ことと同義なんだと思います。

大学生は自分の好きなことに打ち込んで、その好きなことを情報として整理して、発信する。それによって周りから感謝され、信頼を得る。大学生はできるだけ早くから「生きる」準備をしてみたらいいと思います。