戦後日本外交を理解する2つの構造を解説!

戦後日本外交を理解する2つの構造を解説!

この記事では日本外交を分析するポイントについて解説します。

戦後の日本外交を支える構造は

憲法第9条

日米安全保障条約

この2つです。

日本の外交は憲法9条と日米安全保障条約という制約の中で展開してきました。

エッセンスは以上ですが、さらに知りたい人向けに詳しく紹介します。

憲法9条

みなさん、ご存知の憲法9条。

条文をみてみましょう。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

憲法9条の規定によって、日本は他の国の領土を侵略するための戦争を行うことはできません。

さらには侵略戦争だけではなく軍隊を持つことも否定されています。

憲法9条は日本の平和を守る条文として1文字も変更されることなく日本国憲法に書き込まれ続けてきました。

世界にも類を見ない憲法9条はいかにして作られたのか。意外に知られていない背景を少しだけ探ってみましょう。

憲法草案当時、日本を実質的に占領していたGHQはいかにして日本を平和国家にするかを思案していました。

人類史上でも類をみない凄惨な戦争を起こした日本。これをいかに無力化し、アジアの秩序を平穏なものにすればよいのか。

GHQがたどり着いた結論が憲法9条でした。

日本に戦争のための軍隊を持たせないことを規定した憲法9条を用意すれば日本が平和的な立憲国家として復興することができると踏んだのです。

アメリカは中国を中心としたアジア秩序を構想していたため日本を無力にしても全く問題ないと考えていたのです。

憲法9条の背景には2度と日本にアジア秩序を乱されたくないというアメリカの強い思いと中国を中心とした戦後アジア秩序構想があったのです。

日米安全保障条約

しかし、日本国憲法が制定された1946年以降、国際環境は激変していきます。

冷戦の登場です。

アメリカとソ連。思想的に相容れない2つの超大国は自らの権益をめぐって世界各地で対立を深刻化させていきました。

米ソは世界各国を将棋の駒を扱うように自らの陣営に組み込んでいきます。

日本もまた東アジアにおける西側陣営の核としてアメリカ側に組み込まれていきました。

中でも1950年に発生した朝鮮戦争は冷戦の中での日本の立ち位置を明確にさせる出来事でした。

朝鮮戦争は冷戦対立構造を朝鮮半島にもたらしました。

すると日本は冷戦最前線である韓国の後方基地としての役割を果たさなければならなくなります。

アメリカに日本の米軍基地を置くインセンティブが発生しました。

今でも沖縄を中心に在日米軍基地が設置され続けている背景には憲法9条が背景にありながら新しく登場した冷戦に対処しなければならないという難しい政治的判断があったのです。

結果的に1951年のサンフランシスコ平和条約と同時に日米安全保障条約が締結されました。

日米安全保障条約は軍事協定です。米軍のカウンターパートとして日本も軍事組織を準備する必要があります。

それが警察予備隊でした。この警察予備隊は現在の自衛隊のルーツになっています。

まとめ

憲法9条と日米安全保障条約。

かたや軍事力放棄。かたや軍事条約。両者は全く矛盾した性格を持っています。

それゆえ憲法9条がありながら自衛隊が存在するのは憲法違反ではないか!とする議論が絶えないのは当然です。

両者が全く違う論理で生まれてきたためにあまりに不自然な共存関係となっているからです。

戦後政権はこの2つの制約の中で外交を行ってきました。

自衛隊を憲法9条に違反しない形で運用し、アメリカとの関係を維持しながら、中国やソ連とも一定の関係を築かなければならない。

戦後日本外交の根底に息づく二つの矛盾した論理は戦後日本外交が一見して迷走しているように思わせます。

しかし、2つの構造的制約は日本外交を貫いており、その制約の中で行動するという点において日本外交は一貫していると考えることができるのです。