君、「大学生」ってこと意識しすぎじゃない?

君、「大学生」ってこと意識しすぎじゃない?

悩む後輩と僕

サークルの後輩に「いやあ。やりたいことないんすよぉ。このままじゃやばいと思うんすよねぇ。でも何したいかわかんないんすよねぇ」と言われた。

わかる。わかるぞ。

同時に彼は「やりたいことはやりたいことを見つけることです…」とも嘆いていた。彼から感じる葛藤と何もしてあげられない自分の無力さにやるせなさを感じた。

どうにかしてあげられないものか… 悩んだがとりあえず僕にできるのはブログを書くことだと思った。今回は彼に向けて書こう。

なぜ「やりたいこと」を見つけるのだろう?

彼の葛藤に僕はとっても共感した。彼が悩む「やりたいこととは?」の問いに僕もまたこの2年間の大学生活で考え続け、今でも考えているからだ。

「やりたいこと」なる概念は不思議で大学生が大学生活の中で見つけなければいけないとされている。しかし、まずこの風潮をなんとかしないと永遠に「やりたいこと」なんて見つからない。

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そもそも彼のようになぜ大学生は「やりたいこと」を見つけようとするのだろうか?

それは就職活動を念頭に置いているからだ。企業からの「やりたいことはなんですか?」は定番の質問だ。

しかし、本来、「やりたいこと」を見つけるのは人生を楽しくするためだ。断じてどこかの商社に受かったり、外コンに受かったりするためのものではない。

日本の大学は「就職予備校」と化した。就活で「やりたいこと」が求められるなら、大学生が就活のために「やりたいこと」を見つけようと必死になるのは自然なことだ。

しかし、その一方で自分の所属に応じて、社会から求められていることを敏感に察知し、将来の準備をしていくと人生は疲れる。

高校の卒業式の時、僕はこれからの浪人時代のことが気になって、涙を流す余裕がなかった。勉強しないといけないと思い込み、今に集中できなかったのだ。

今の大学生も就職してからのことが心配だからこそ、「やりたいことを見つけないといけない」との思い込みに囚われている大学生は多い。

今を生きよう!とそこらへんの自己啓発本は言ってくる。大切なことだ。しかし、言うは易し。行うは難し。どうすればいいのか?

それは今の自分の肩書きに囚われないことが大切であると思う。

僕らは「大学生」だけじゃない

僕らは確かに大学生だ。と同時に、色々な肩書きも持っている。

例えば、僕は大学生だが同時にブロガーでもあるし、北朝鮮研究者でもある。一眼レフカメラを持って旅をするフォトトラベラーだし、とあるウェブメディアのインターン生でもある。

そのどれも大学生としてやっているものではない。別に自分が大学生だと意識して行動しているわけでもなければ、大学生らしく写真を撮ったり、旅をすることを意識しているわけでもない。

大学生であることを意識しすぎると「大学生」らしい行動をしようする。その結果、やることが同じようなパターンに収束してくる。授業、バイト、サークル、インターン…

みんなと同じことをやるからこそ、自分のやりたいことってなんだ?????とよくわからんことになる。好みじゃないけど、みんなと同じショーウィンドウから買いたい洋服を選んでいるのと同じことだ。

大学生は特権階級だ。時間も体力もある。だからこそその時間を「大学生」らしく過ごすことはもったいなくもある。

小学生、中学生、高校生として生きてきたから、大学生として生きるのは自然なことだ。しかし、大学生として生きようとするとどうしても行動のパターンが少なくなり、意外と自由じゃなくなってくる。

逆説的だが、大学生だからこそ、大学生らしく生きないほうがいいと思う。そうすれば今の自分から少し自由になり、「やりたいこと」がぼんやり見えてくるはずだ。

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