群れるのが大好き!?アメリカ市民社会の特徴とは?

群れるのが大好き!?アメリカ市民社会の特徴とは?

この記事ではアメリカの市民社会の特徴について歴史的な側面に着目しながら明らかにしていきます。アメリカの市民社会は非常に独特です。異様に政治への関心が高かったり、女性が独特な位置付けになっていたり。市民社会はアメリカを理解する上で必須項目。それでは解説を始めましょう。

市民社会の特徴

社会関係資本の特徴

フランスの哲学者・トクヴィルは建国してまもないアメリカの市民社会を観察して興味深い考察を残しています。トクヴィルはアメリカが建国時に行政機構が発達していない背景には活発な市民社会が行政機構の役割を担っていたことを見抜きます。多種多様な民族と広大な土地を統治するのは政治家にとって非常に大変なことです。その困難を克服するために重要な存在が市民社会であるとトクヴィルは結論づけます。

そこで彼はアメリカの市民社会には大きく二つの特徴を指摘しました。

1つ目の特徴が平等主義です。アメリカは等しく誰にでも機会が与えられる社会であると指摘しました。自由人の中で平等意識が強く、平民であることをよしとする価値観が共有されていました。

2つ目の特徴が友愛組織や相互扶助組織などの自発的結社が多く存在しているということです。市民の間での対等意識が強かったため、彼らが集合することで次々と結社が誕生しました。

その自発的結社には全国規模の団体も存在しており、その場合、連邦制のように各州に団体の支部が組織されました。中央集権的な組織は存在せず、地方の組織は各々の方針に基づいて自律的に活動しました。

またその自発的結社では階層を超えたつながりがもたらされ、これがアメリカ社会の社会関係資本の強化に役立っていました。経済的な格差があったとしても同じ市民であるとして対等に組織運営に当たっていました。

組織は市民社会の自立化の観点からすると、個人の自立化や立場を超えた人々の間の信頼を築くトレーニングの場になっていたのです。

あまりに多く結社を作るのでアメリカ人は群れることが大好きな人々であると考えられています。現在でも続くロータリークラブやライオンズクラブなどはこの頃に始まった自発的結社の代表格です。

しかし、自発的結社は決定的な問題を抱えていました。自発的結社の大半が会員資格が白人男性のみに与えられたため性や人種の壁は自発的結社で克服されることはなく、階層は固定化されたままでした。同じ人種や男女が同じ組織に存在することもなく、強い差別意識が前提として存在していたのが自発的結社でした。

性的分業と「女性の領分」

アメリカの公的社会では18世紀から19世紀にかけてまだまだ性差別が根強く残っていました。選挙権は与えられず、財産権も持てず、女性からは離婚が申し込めないなど女性の社会進出は進んでいませんでした。

自律した男性がよしとされ、軍人など男性的な職業が社会的に高い地位を占めていたため、女性としては不利な社会であったと言えるでしょう。黒人が差別的な地位にあるのも黒人が「女性的だから」と言われたほどです。そこには人種差別と性差別が混じり合っていました。

その一方で女性が私的な社会においては非常に重要な存在であることが強調されてもいました。ありとあらゆる面で差別されていたわけではないのです。女性は「共和国の母」であり、子どもの教育を担うべきだとされました。女性は男性よりも道徳的に優れているとされ、私的な場ではその道徳性を十分に発揮してほしいとの社会的な風潮がありました。

その私的な場の典型例が家庭です。子育てを通じて次のアメリカを担う人たちに徳を授けることが期待されました。

そこでは子育てが公的な役割とも言われました。それ以外にも女性は家庭を切り盛りして、私的な領域では男性よりも優位と考えられていました。

私的な場で男性よりも有徳な能力を発揮するには女性にも教育が必要とする考え方も次第に出てきます。その結果、19世紀の終わりくらいからアメリカでは女子大が早くから発達します。家政学部の名残はこの時代のアメリカとも言われています。

アメリカ社会では公的な領域と私的な領域を分けて、私的な領域に女性の役割を付与していました。

社会運動と改革

上で紹介した自発的結社の中から社会改革を目指すものが登場します。代表的なのが禁酒や労働改革、女性参政権、奴隷制廃止を求める団体です。

例えば労働改革を求める団体は1日8時間労働を求めました。労働時間を減らすことで自由な時間が増えて、その分政治や社会活動への時間を増やすことができると説いたのです。

禁酒運動においても禁酒をすることで家族などの周りの人間に迷惑を及ぼさないようにすれば、より充実した時間を過ごすことができるとしました。

彼らの意識に通底するのはよりより市民を作ろうとする意識でした。

自発的結社の旗振り役となったのがミドルクラスの人々です。ミドルクラスは自らがアメリカの屋台骨であると自任し、市民社会の中心であると考えていました。組織の指導層も彼らが中心となって占められ、指導層同士で交流する場面が多く見られました。彼らはアメリカが共和制を作る壮大な実験をしていることとの認識を持ち、共和制実現のために徳のある市民社会を作ることを目的に行動しました。

具体的には社会改革を目指す団体は新聞や雑誌を出版したり、講演をして市民を動員したり、政府への請願などを行って、市民社会の中で活動しました。

中でも重要だったのが一般市民への啓蒙活動でした。当時はテレビもラジオもなかったため、ライシウムなどの大人向け教育機関が充実し、そこで団体の活動内容や意義について語られました。

その中でもミドルクラス女性が存在感を示した団体や活動がありました。ミドルクラスの女性たちは高等教育を受けているため、その成果を社会に還元するには自発的な結社を通じて行うしか方法がありませんでした。自発的な結社は私的な領域であると考えられたからです。代表的なのが禁酒運動です。女性だけで酒蔵を急襲した事例もあります。

女性たちが求めた社会改革は政府の政治改革が必要だったため、これらの改革運動は州政府に対しての請願を熱心に行いました。手紙に要求を書いて、女性の参政権を認めさせようとしたこともあります。

しかし、女性たちが行ったような請願は政党政治家は卑怯で女々しいと考えられました。請願は裏から政府に手を回していると考えられたからです。選挙に出て当選する政党政治こそが王道とされ、男の政治家の目から見ると社会運動=私的な領域が公な場に選挙を通じないで参入してきているのはよろしくないと考えられたのでした。

社会運動と(政党)政治

ここでは結社による社会運動が政党政治とどのように関係していたのかについて確認します。

南北戦争前

南北戦争前までは立法を求めるとき、議員への請願が重要な活動とされていましたが、政党政治家はこれを嫌っていました。前述のように請願が裏から手を回す女々しい活動として軽蔑していたからです。男は黙って選挙といったところでしょうか。

一方の社会活動家の方も政党政治家を嫌悪していました。彼らからすれば政党は権力闘争に明け暮れる堕落した組織に他なりません。そのため社会運動家は運動の政党化には消極的でした。

南北戦争後の意識変化

水と油だった両者も南北戦争後には意識が変化します。南北戦争後には政党が意外にも社会改革と親和性が高いと考えられるようになったからです。その大きな要因が共和党が奴隷制を廃止したからです。大きなイシューとなっていた奴隷制が政党によって廃止されたため社会活動家も政党に対する期待を膨らませました。

他の社会課題についても共和党が解決する姿勢を見せていましたが、南北戦争後共和党は新たな社会課題の解決に取り組みませんでした。それに絶望した社会運動家は第三党として新しい政党を作り、ニューウェーブを作ろうとします。しかし選挙で勝利することができず、第3党への動きは挫折しました。活動家は利益団体としての性格を強め、社会活動家が政治の世界に入り込んでいく契機となりました。これが今日までに続くアメリカ利益団体政治の端緒と言われています