アメリカの司法と政治の関係を解説!

アメリカの司法と政治の関係を解説!

この記事ではアメリカの司法システムやその政治との関係について解説しています。三権分立の国・アメリカ。三権分立とは行政・司法・立法がお互いを監視し合い、権力が暴走しないようにするシステムのことです。

アメリカはこの三権分立の発祥の国として名高く、日本もまたアメリカに習いこのシステムを導入しています。

この記事ではその三権分立の三権の一つ・司法について解説しています。アメリカの司法は政治と非常に強い関係を持っているので、司法と政治の関係についても解説していきたいと思います。

司法システムの構造

憲法・司法制度の特徴

50州+1(合衆国憲法)の憲法・司法システムが存在します。法体系はコモンローと大陸法が混在しています。

連邦レベルの司法システムは地方裁判所が94ヶ所、控訴審裁判所が13ヶ所、合衆国最高裁判所からなります。(他に貿易裁判所などがあります)

アメリカでは50州すべてプラス連邦に司法システムが存在します。しかし全体でひとつのシステムと言えるかもしれません。

これらのシステムは互いに異なります。裁判官の選び方や任期、裁判所の層の数などの多くが異なっているからです。

州によっては法のあり方自体がそもそも異なります。多くはイギリス法の影響は受けているが、ルイジアナなどの一部の州は大陸法系の影響を受けています。

連邦裁判所が扱う訴訟は全訴訟の1%ほどに収まっている。

全国を12の区分=巡回区に分けて、そのそれぞれで控訴審が行われます。巡回区ごとに裁判官の立ち位置は異なっています。

州をまたがる訴訟については連邦レベルで裁かれることになる。基本的には州レベルで裁かれるが、州法が合衆国憲法に違反している場合はいきなり連邦レベルで裁かれる可能性があります。

合衆国最高裁判所があらゆる訴訟の最終審になる可能性があります。しかし、実際は控訴審が全体の10%くらいで、合衆国連邦裁判所が出す判決は80くらいにとどまっています。そのため最高裁判決にはひとつひとつの重みがあります。

一方で大部分が控訴審までで終わるために、控訴審が持っている重要性も高いです。

連邦レベルの司法による決定の特徴

審級による分業がされています。まず地方裁判所で審理され、その約1割が控訴審裁判所に持ち込まれます。最終的に最高裁での審理は年間約80件(約1%)です。

決定の特徴は論争的な問題にも積極的に判決をだし、裁判官の判断に高い自律性を持ちます。

最高裁判所裁判官は大統領によって指名されます。時の政権の立ち位置によって任命される最高裁判事の色は異なります。

アメリカでは司法が政治的に大きな存在感を持ってきました。アメリカでは政治そのものが法と強い結びつきを持ってきたからです。

司法を政治学的に分析する意識が日本では希薄ですが、アメリカでは盛んです。導入しているシステムは似ているのにも関わらず、日本とアメリカは政治と司法の関係が対極的になっています。

アメリカでは判決が政治性を帯びることが多いです。国論を二分するような独自の判断をすることもあります。これまで判決が南北戦争を巻き起こしたり、大統領の政策を否定したりしてきました。

アメリカでは裁判官によって同じ内容の訴訟でも異なる判決や解釈がもたらされることが多く、対照的に日本は安定的で統一的な判決が出されます。

日本の裁判官は3年に1回、異動がある上に10年に1回、再任される。そのため日本の裁判官は常に上部組織がどのように自分を評価しているのかを気にすることになります。

日本では裁判の途中で人事異動で入れ替わることが頻繁に起こるため、裁判官によらずに判決の内容が変わらないようにするためのシステムになるようになっています。

アメリカには人事異動がありえません。まったく新しい人事異動がない限りは終身雇用で同じポストに止まることになります。

裁判官がどのようにその事件に考えているのかで判決が決定される「attitudinal model」が採用されてきました。キャリアを通じて裁判官としてあり続けるのが日本ですが、アメリカはそうではありません。

裁判官自身のキャリアの違いが日米間の判決の違いに影響しているのではないかと思われています。

極端なイデオロギーを持っていない人間が日本では裁判官になりやすい傾向にあります。

裁判所の人事と構成

連邦レベルの裁判官の人選

アメリカの裁判官はその大半が党派性(政党への帰属)を持ちます。

大統領の裁判官の人選の基準は法律家としての能力に加えて、大統領とイデオロギーを共有していることが基本です。

控訴審、最高裁人事では裁判官候補者のイデオロギーが極端な場合、上院で承認をめぐって激しい対立が起こることがあります。

裁判官人事に対してフィリバスターは使えないため、極端すぎる人でなければ基本的には任命されます。

司法人事は非常に慎重に行われます。司法の重要性(政策決定としての司法)が高い上、連邦レヴェルの裁判官は任期が存在しないので30年単位で任期を持つことになるからです。

日本では最高裁判官判事をより老齢で考え方が変わらない人を任命します。その上、自民党政権が続いたことで自民党に反発しない立場の人を次々と入れ替えられてきました。

人事の帰結

最高裁判所では保守とリベラルの拮抗状態から保守派の裁判官が多くなり、保守派の優位となっています。また裁判官が「プロ化」しています。

アメリカ裁判官は所属政党を持ち党派性があります。州によっては裁判官が選挙で選ばれる場合、党派性が大きな問題になります。

裁判官には実際の法律家としての能力が備わっていることとイデオロギーが大統領と似通っていることが必要です。最近ではキャリアの長い期間を裁判官として過ごす人が多くなっています。

憲法をどのように解釈するのかについても保守とリベラルで大きな違いがあります、保守派は憲法に対して「originalism」=原意主義を取っています。リベラルは「liberal constitution」をとり、現状から延長して導き出せる権利や解釈を認める余地を残しています。

アメリカでは政権交代が行われるのが日常茶飯事であるので、大統領的には若く、自分の政策を末長く支持してくれる人を裁判官に入れたいと考えます。

だからこそ空いたポストがどのようなイデオロギー的な立ち位置をした裁判官であったのかが非常に重要です。

裁判官は指名した大統領の言いなりになって生きているわけではありません。裁判官はとにかく自分の考えで行動します。最高裁の裁判官のキャリアも変化しているのかもしれません。

歴代の首席裁判官は大物の政治家などもいて、名誉職的な部分がありました。しかし現在では名誉職的な意味合いは少なくなっています。現在の裁判官は政治に疎く、自分の判決が政治的にどのような影響を及ぼすのかについてはわからなくなっているのではないかと言われています。

裁判所の活動の政治的含意

最高裁による違憲審査を中心に裁判所の活動がいかに政治的な意味を持っているかを確認しましょう。

裁判所のアジェンダ統制の重要性

裁判所はしばしば政治的の分岐点となる重要な判決を下してきました。裁判所は的された訴訟に対してしか決定できないため、裁判所のアジェンダ統制が重要です。

現代では利益団体や公共利益法律事務所の訴訟関与がしばしば行われています。

違憲審査と憲法の変化

1803年の判決によって違憲審査が最高裁によって行われることが定式化されました。

違憲判決を頻繁に出す「積極的」な裁判所の方が政治的影響力が大きいと考えられています。合憲判決は現状への荷担を意味します。

判決の社会的影響

重要判決はそれ単独で社会を変えるとは考えられていません。判決で人々の意識が変わるわけがなく、それに従うとも限りません。結局は立法や行政による強制が必要になります。バックラッシュ現象も発生します。ある判決が出されることでそれに反対する勢力が対抗組織化することです。

最高裁はしばしば政治的な対立の紛争の火種になる判決を出してきました。裁判所は訴訟がなければ判断を下せません。

法律が施行される前に憲法裁判所が判断をくだす国もある一方で、アメリカや日本では憲法裁判所が存在せず、実際の事件と訴訟が存在しないと裁判所は実際の判断を下せません。

特に20世紀以降、最高裁が出した政治的判決は利益団体がアジェンダ設定を行なった結果と言えるでしょう。

そのため利益団体側の法律事務所の存在が重要になります。私的利益のためではなく、公共の利益のために戦うような法律事務所が存在shます。

日本の裁判所はそこまで政治的判断を出すことはありません。

違憲審査では最高裁判所が大きな仕事をしているように見えます。しかしこれは間違いです。違憲判決をしていなかったからと行って仕事をしていないわけではなありません。ただ最高裁の判断が世界をすぐに変えるわけではないことは確かです。