アメリカの政党の特徴を丁寧に解説!

アメリカの政党の特徴を丁寧に解説!

この記事ではアメリカの政党について丁寧に解説してきます。アメリカといえば、民主党と共和党の二大政党制が有名ですが、その中身はどうなっているのでしょうか。一緒に勉強していきましょう。

大きな特徴

アメリカの二大政党=民主党と共和党は日本の政党とは全く違います。共和党も民主党も党員もいなければ、党首もいないし、安定した党の綱領も存在しません。党の政策も一応示されるは示されますが、最大公約数的で大雑把な文章にしか過ぎません。日本の政党が掲げるようなマニュフェストなどとはまったく性質が異なります。

トランプは確かに共和党出身の大統領ですが、共和党の中に正式な役職があるわけではありません。共和党は地方政党の連合体のようで、党基盤はとても弱く、我々がイメージする政党とはだいぶ違います。

アメリカの政党が一風変わっているのは、前例がないところで発達したからと言われています。アメリカは歴史が浅い国であり、正統性に関しては柔軟に発達してきた国と言えます。

政党の起源と展開

ここではアメリカの政党の起源とその発展過程を確認していきます。アメリカ建国初期の政党制はお互いに反対派の存在を認めず、その発展は控えめでした。しかし、時代が進むにつれ、大衆ベースで全国規模の二大政党制への道を歩むことになります。

(二大)政党の性格

18世紀の後半までは、民主主義は政党なしでは進んでいかないだろうという考え方はありませんでした。当時は政党は存在しない方がいいとの考え方が根強く、現在では当然視されている政党の存在も当時のそれはまったく異なる立ち位置でした。

なぜ政党の必要性が軽んじられていたのかといえば、共通善は一つしかないのだから、複数の政党が存在することがおかしいと考えられていたからです。当時のアメリカは唯一の共通善を追求する厳格な共和主義が掲げられており、複数の政党が存在することに否定的な見解が多くありました。

転機は1824年の大統領選挙でした。

1824年の大統領選挙はアンドリュー=ジャクソン(democratic republican支持)とジョン=アダムズで争われ、一般投票で決着がつかず、決選投票が行われました。この結果、ジョン=アダムズが勝利しました。

しかし、ジャクソンを支持していたdemocratic republicanは、一般投票で一位ではない、アダムスが勝ったことにブチ切れます。全国に組織をはりめぐらせることで、以後の大統領選挙を有利に進めようとします。これが今の民主党の原型と言われています。

この戦略がうまくいったため、現在のもう一方の陣営も真似し始めます。ホイッグがdemocratic republicanに対抗して、全国に組織を拡大させます。このホイッグは共和党の原型と考えられています。

このようにアメリカの二大政党は大統領選挙に勝つための全国政党という起源を持ちます。アメリカの政党は選挙になったら、独自の候補者を擁立し、選挙に勝とうとする集団くらいに考えておくとよいのかもしれません。

アメリカでは選挙に勝つためには全国に張り巡らされた組織が必要で、政党は全国展開することが求められています。

そのため恒常的に組織されている組織は地方にしか存在しません。ただし、党大会(party convention)による意思決定は行われています。

政党システムの特徴

利権を獲得するための組織

アメリカの政党では国を二分するような争点についてのみ党内合意が行われます。逆にいえば、大きな争点になる問題以外は党内合意が取られていません。

ほとんどの争点に関しては意見の相違が政党の中にあり、政党は大雑把な組織です。それなのになぜ組織立てる必要があるのでしょうか。

実は政党にすることで色々な利権が手に入るからだと言われています。

選挙に勝つと利権をみんなで分け合うことができますが、政党がないと利権配分が難しくなります。そのため緩やかであっても、政治信条として同じ傾向にある人々がつながりを作ることで利権配分が容易になっています。

今では、党公認の候補者や事務局のメンバーなど党の中枢にいる人間でなければ、「党員」と呼ぶことはできません。

アメリカの政党の本質は地方別の組織をネットワーク上につなげていった連合体です。地域別でしか組織の実態が存在しておらず、党の中心がワシントンにどっかりとあるわけではありません。

逆に地域別の組織は積極的な行動をします。徹底的に支持者を把握し、マシーンと呼ばれる組織まであります。

地域権力の源泉はその地域の一般的な支持者と政党が一般市民の生活に深く入り込んだ世界にありました。当時の新聞にも政党の息がかかるほど、身の回りのものが党派的なものに囲まれていました。州の組織によって州ごとに正式な選挙を行なっています。

20世紀以降の構造的変化

ここでは20世紀以降の政党制の構造的な変化について解説していきます。20世紀以降、予備選挙による党の公認候補者選出が行われるようになり、選挙が「候補者中心」となりました。これによって、候補者にとって党組織の重要性が上昇します。

20世紀からは党大会ではなく、予備選挙で候補者を決めなければならなくなりました。世の中に二つしか選択肢がないのがおかしいと批判がされますが、そもそも選択肢が豊富な候補者ベースで公認が決まっていくので、その批判は当たらないとされています。

この結果、20世紀末から政党組織が復活します。候補者の後方支援や選挙区での有権者動員のために組織が必要となったからです。

予備選挙で勝ち抜くには政治家個人の実力や資金力が必要になります。選挙が候補者中心のものになりました。

20世紀を経て、投票率が低下します。それに伴って無党派が3分の1を超え、増加しました。

20世紀に入ると投票率が減少傾向になります。愛党的なキャンペーンから政策イシューが重要視される政治キャンペーンになったことがその要因として考えられています。この結果、無党派層が拡大し、政治離れが進みました。

21世紀に入るとアメリカの党組織に別の役割が生まれます。候補者に裏から支援する組織になったのです。草の根の動員、資金援助、選挙コンサルタントの手配などを行うようになりました。

政党間対立のあり方の変化

1930年代以降、明確な政党再編成はありませんでした。「ニューディール連合」(労働者、都市住民、黒人、南部など)が緩慢に解体していき、1960年代以降、共和党の保守化が進むことで二大政党制の中でイデオロギー的整序が行われました。

その結果、二大政党がイデオロギー的に分極化し、政党間のイデオロギー距離の増大と政党内の凝集化が進みました。

ただし、各政党内には異なる利益集団・団体に支えられた利害や政策目標を異にする勢力が並存しています。

二大政党は互いの主張に反対しますが、各政党は特定の政策方針を推進できるだけのまとまりとはなっていません。