沖縄の戦争と広島の戦争は全然別物でした。

  • 2018.06.29
沖縄の戦争と広島の戦争は全然別物でした。

平和都市としての広島と沖縄

広島と沖縄は世界でも稀に見る【平和都市】です。平和を希求し、平和を発信していく役割を持った都市です。

それにしてもなぜ両都市が【平和都市】としての役割を持つようになったのでしょうか。それは日本の中でも特異な【戦争体験】を持つからでしょう。

沖縄は日本で唯一の地上戦が行われた場所。

広島は世界で初めて原爆が落とされた場所。

この1ヶ月少々のうちに僕は遅ればせながら、両都市を訪れました。

両都市の【戦争体験】がどのように異なるのでしょうか。今回はそれについて書きたいと思います。

5月に行った広島。平和記念公園。

広島では、ぽとりと原子爆弾が落とされ、気づいたら死体の山ができていました。考える暇もありません。一瞬の出来事です。

平和記念公園は不自然なくらい綺麗に整っていて、今から70年前、この地にぐちゃぐちゃになった死体が転がっていたとは思えませんでした。広島は狐に包まれたように、いつの間にか「ヒロシマ」になっていたのです。平和記念公園の不気味なまでの整い方は、広島、ヒロシマの呆然を表しているようでした。

原爆資料館の見学。それはリアリティというよりは何か、天然記念物を見るような、こんな世界があるのかという半ば感心にも満ちた思い。原爆を現実として捉えることは大変に難しいと感じました。それを恐怖と思うかは人それぞれです。

先週、訪れた沖縄。ひめゆりの塔。

地上戦が行われ、目の前で戦争に対峙した沖縄。人々は戦争を圧倒的なリアリティを持って受け止めたはずです。その中でも象徴的なのはひめゆりたちの語りです。

ひめゆりの語り。戦争で振り回され、暗い洞窟で、兵士たちの看病をしたこと。きっと彼女らの頭の中には「なぜ」がたむろしていたことでしょう。なぜ私たちはこんなことに。なぜ沖縄が。その鬼気迫る思いは骨を刺すような感覚を覚えるのです。

そして、「なぜ」はひめゆりだけではなく、ウチナー全員が持っていたはずです。たくさんの「なぜ」は現在まで続いていると思います。「なぜ」沖縄に基地が?

「平和都市」というラベリングは正しいのか?

一瞬の出来事で考える暇もなかった広島。

長い間「なぜ」を考え続けることになった沖縄。

両者をひとくくりに【平和都市】としてまとめることはもはや不適切なことかもしれません。

戦争を通じて、平和都市としての運命を背負うことになった広島と沖縄。その中身は全然違うのです。

戦争をかみしめる時間もなく、一瞬で全てを失った広島。戦争をかみしめ、今でもかみしめ続けている沖縄。

戦争に翻弄された両都市。しかし、翻弄のされ方と、今に伝えることはこうも違うのかと思ったわけです。

 

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