【『私とは何か』】複数のSNSを利用する人は「分人主義」を意識しよう。

【『私とは何か』】複数のSNSを利用する人は「分人主義」を意識しよう。

北朝鮮は相互監視社会である。すべての人民が生まれてから死ぬまでどこかの組織に属し、組織の中ではお互いに体制批判をしていないかを監視し合う。

このような北朝鮮の惨状を知った日本人は「かわいそう…」という感想を抱くだろう。しかし、日本もまた相互監視社会であるというのは多くの人が潜在的に抱いている感想なのではないだろうか。

日本が相互監視社会化したのには広く普及したSNSの存在によるところが大きい。SNSは人々の活動とは無縁ではいられず、SNSには他者の姿が映し出される。友人の動静はSNS上に映し出されている。それらを閲覧することで我々は意図せずして相互に監視している状態にある。

相互監視社会的なSNS社会だが、より問題なのは多くの人がSNSを複数利用していることである。

複数のSNSを利用すると、それぞれのSNSで現れる「異なる自分」に驚き、本当の自分はどこにあるのかということを悩んでしまう。異なる自分が現れることで他者にどう見られているのかを気にしてしまうのだ。

ではなぜ、複数のSNSで複数の自分が現れるのかと言えば、それぞれのSNSには「カラー」があるからである。

大まかに言えば、Twitterは「ネタ系」、Instagramは「オシャレ系」、Facebookは「マジメ系」である。

このSNSのカラーは良くも悪くも利用者を束縛する。よって利用者はそのカラーに合わせた利用をすることを迫られる。その結果、複数のSNSを利用すれば、そのそれぞれで異なる自分が現れることになる。

しかし、「唯一の個性」を信じて疑わない人はこのSNSの利用方法に息苦しさを感じるはずである。SNSごとに現れる異なる自分が「本来の自分」を見失っているようで恐ろしいからである。

その対処法になりうるのが「分人」という考え方だ。これは小説家・平野啓一郎さんの著書『私とは何か』に現れる思想である。

彼は「本当の自分」というものは存在せず、コミュニケーションをする相手によって、「私」というものは刻一刻と変化し、そのすべてが「私」だと主張する。彼の思想は「分人主義」という言葉に集約される。

彼は同著のなかでリアルの場でのコミュニケーションにおける分人の重要性を語っているわけであるが、私は一歩進みSNS社会にも「分人」の考え方を導入するべきであると考えている。

複数利用によってそれぞれのSNSカラーに縛られ異なる自分が表出する。しかし、それは問題ではない。そのすべてが紛れもない自分の「分人」であるからだ。ツイッターでネタツイをする自分も、インスタでオシャレカフェの画像をアップする自分も、Facebookで意識高い活動をシェアする自分も、すべてが自分なのだ。これを理解すれば、SNS 上での「本当の自分」に惑わされる人もいなくなるであろう。

分人という考え方が気になった方はぜひ『私とは何か』を手にとってみてほしい。