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言葉は完璧じゃないから、人間との相性がいい

言葉は完璧じゃないから、人間との相性がいい

言葉のせいで疲れてしまう

言葉は疲れる。

言葉は不完全なものだ。

これまで言葉が自分が伝えたいことを完璧に伝えてくれたことなんて本当に数えるぐらいのものだろう。

自分の言いたいことって、感情なわけだけど。その感情ってのも、周りの種々の要素に影響される。

一口に「楽しかった」って言っても、どこがどう楽しかったのかとかは千差万別で。

かと言って、会話の中で「楽しかった」を「どこが!どう!楽しかったの!?なんで楽しいと思ったの!?」と深堀りしても「うわ何こいつキモい」となって僕の社会的生命が終わってしまう。

USJに行って、ハリーポッターのアトラクションに乗った「楽しかった」をピンポイントで表してくれる「言葉」なんてないんだよね。結局、「楽しかった」に収斂する。

こんなはずじゃなかったのに

なんどもいうけど、僕は自分が本当に言いたいことを伝えてくれない言葉にはほとほと疲れた果てた。

言葉は自分の中から出てくるはずなのに、いざ自分が発した言葉を振り返ってみると、あれこんなこと言いたかったんじゃないのにと思うことがよくある。

そんな場面にでくわして

ああもうううううう

と思うのは簡単だ。

「もう君にはうんざりだ。さようなら」

泥沼の恋愛をしている恋人相手だったらこんなことも言えるだろう。

でも、今回の相手は「言葉」だ。

一生付き合って行かないといけない。

だから、僕の気持ちを十分に汲み取ってくれなくても「言葉」にはイライラしてはいけない。

イライラしちゃうと疲れちゃうんだ。

うまく付き合うには言葉をうまく使いこなすようにしないといけない。

自分の中から出てきた言葉なのだから、言葉が表していることが自分が表現したかったことなんだなと思えばいい。

投げやり感

こんな投げやりでいいのか。いいんじゃない。

だって結局、自分が伝えたかったことも、その伝えたかったことを持っていた自分ももう動かせない静的なものだから。かんたんに言えば、過去のものだから。

もう仕方ないよね。昔の自分はそんなことを伝えたかったんだから。その時の自分に対応する言葉が表現されているだけだよね。

1ヶ月前のブログ読んでもしっくりこないけど、それはしかたないよね。

もう言葉に完璧を求める時点で間違ってるよね。

そんな不完全な言葉を使って僕らはコミュニケーションをしないといけない。基本的には。

言葉は人類の発明の中で最強クラスだけど、それは完璧じゃない。人間も完璧ではないので、不完全同士、人間と言葉っていいコンビなのかもね。うまく付き合いましょうや。