この世の中は地獄であると思った方が楽なのではないか

この世の中は地獄であると思った方が楽なのではないか

辛いことがあると人は絶望するものである。失恋、裏切り、借金、死別…人生は辛いことばかりである。辛いことがあるたびに人は悲しみ、憂鬱になる。うつ病になる人もいるだろう。最悪なことに自ら命を絶ってしまう人もあとをたたない。

辛いことにあって絶望している人のお決まりのセリフは「ああ…この世は地獄だ…」

そんな人を見て、周りの人は「そんなことないよ。生きていればいいことあるよ」と言う。やさしさにあふれた素晴らしい気遣いに思える。でも、僕は絶望している人に向かってそんな発言はしたくない。

代わりに「そうだよ。この世は地獄だよ。」といってあげたい。

地獄とは空想上の産物で、実際には存在しない。でも人々の中には「地獄=最悪なもの」ってイメージがついているから、自分が辛い状況になった時、今生きている世界を地獄と呼ぶ。

実際に存在しないから地獄にいったことのある人もいなければ、地獄を見たことのある人もいない。

地獄のイメージはどんなものだろう。閻魔様がいて、針山がいっぱいあって、暗くて、暑くて、人々が悶え苦しんでいる。そんなイメージか。

閻魔がいて針山ばかり。もうこれ、地獄ってこの世界じゃないかとしか思えない。自分を不幸にしてくる「閻魔様」みたいな人間って必ずいるし、「針山」みたいな辛いことなんて人生にはたくさんある

芥川龍之介はこう言った。

「この世は地獄以上に地獄的だ」

彼の発言からわかること。それは辛いことのパターンがこの世界では一緒ではないと言うことだ。この世での辛いことのパターンは千差万別でよりどりみどりである。だから予測ができない。

辛いことの種類も多いし、この世界の辛いことは手を替え品を替え、僕らに押し寄せてくる。本当に辛い世の中だ。芥川の発言からはそんな彼の思いが読み取れる。

でも、僕は辛いことが多いからといって心底絶望しなからこの世の中を生きていく必要は全くないと思う。そもそもこの世界は地獄なのだから辛いことがあるのが当たり前だからだ。だから僕はこの世界には過度に期待してはいけないと思うのである。

この世界は地獄だからと割り切る。そうすれば嬉しいことがあったら、地獄なのに嬉しいことあるんだ!と嬉しさは倍増するだろう。

この世界で期待していいのは自分自身に対してだけだと思う。自分に期待しながら、自分以外のものには期待しないことが大切だ。自分がコントロールできないことが多いこの世界。辛いことに出会っても「まあここは地獄なのだから」ということで済ましてしまおう自分がコントロールできないものに絶望しても時間の無駄だ。

自分が望むように生きよう。どうせ地獄なのだから、好きなように振舞っても文句を言う人なんていない。

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