【with コロナ】今こそ知りたい「メメント・モリ」という言葉

【with コロナ】今こそ知りたい「メメント・モリ」という言葉

「メメント・モリ」

僕の座右の銘は「メメント・モリ」という言葉です。「いつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味のラテン語です。

私がなぜ「メメントモリ」を座右の銘として用いることになったのか。それは2017年8月にさかのぼります。

知り合いのつてをたどり、アメリカ・サンフランシスコにてホームステイをしていた私はホストマザーが運転していた車に乗車中に交通事故にあいました。

事故に関しては以下の記事を参考にしてください。

上の記事でも触れているように事故は大変ひどいものでおそらく後部座席に座っていれば死んでいたでしょう。顔に切り傷だけだなんて本当に奇跡でした。

事故を振り返りながら「人間はいつ死ぬかわからない」なんて心のそこから思ったものでした。

その中で出会ったのが「メメント・モリ」という言葉だったというわけです。

以降、メメント・モリは私の座右の銘となり、LINEの自己紹介欄にも書いています。厨二病みたいなのがタマに傷です。

まさに「メメント・モリ」的時代?

さて大型連休にもかかわらず外出自粛をしなければならない今は「withコロナ」時代の始まり。時代が変わっていることをひしひしと感じます。

今後、去年12月までの日常が戻ってくることはおそらくないでしょう。

私たちの生活を一変させた新型コロナウイルスは「人間いつ死ぬかわからない」というまさに「メメント・モリ」的な精神を教えてくれました。

日本国民の多くが悲しんだ志村けんさんや岡江久美子さんの死はウイルスが万人平等に襲いかかり、誰にでも死がやってくることを実感させました。

その「メメント・モリ」は古代より芸術作品のテーマとしてもよく用いられています。中でも有名なのが「死の舞踏」です。

骸骨が金持ちと貧乏人を一緒に引きつれながら墓場へと向かう様子は世界史を学んだことがある人なら一度は見たことがあるはずです。

国民的コメディアンや長年朝の顔として活躍した女優さんでさえ平等に襲いかかる感染症に人類みなが恐れる世界観はまさしく「死の舞踏」が描く「メメント・モリ」の精神をもたらします。

「withコロナ」の時代は全員が同じものを怖がる点で中世的な時代となるでしょう。その時代において私たちは否応なしに死を意識する場面が増えると思います。

そのような時代はまさに「メメント・モリ」的。どこか時代が1000年くらい戻ってしまったような感じさえします。

「with コロナ」はデジタルの時代だと声高に叫ばれています。

しかし実態としては近代以降、物理的につながってしまった人間をテクノロジーの力で引き剥がす時代になっていきそうです。

私たちは時代がコロナによって時代が進むどころか中世ヨーロッパのような時代を生きることになるやもしれませんね。

中世に戻った現代世界?

まさに未知の感染症を共通の敵として恐れ慄きながら、人類に平等に襲いかかる感染症の死に恐れる人間の姿は「死の舞踏」の世界観と重なります。

その世界観で胸に記すべきは「死の舞踏」が警鐘を鳴らした「明日死ぬことを忘れるな」ということになろうかと思います。

その時代の中で私たちが気を付けたいのは月並みですが、日々を一生懸命に生きること。

最後に有名なガンジーの名言を引用して記事を閉じたいと思います。

Live as if you were to die tomorrow.

  Learn as if you were to live forever

   明日死ぬかのように生きよ。

   永遠に生きるかのように学べ。

(この言葉はガンジーのものではない可能性があるようですが、ここでの論点はないのでご了承ください)