【書評】『政権交代』(中公新書)-民主党政権は本当に「悪夢」だったか?

【書評】『政権交代』(中公新書)-民主党政権は本当に「悪夢」だったか?

何を持って「悪夢」とするか

「悪夢のような民主党政権」は安倍晋三首相が最近よく用いるフレーズである。

安倍首相は2009年9月から2012年12月にかけて成立した民主党政権の下での政治は非常に不安定であり、多くの失業者が生まれたとして民主党政権と「悪夢だった」と表現することを好んでいる。

これに対して安倍支持者はまさしく「悪夢」だったと叫ぶであろうし、反安倍支持者は「そのようなことはない」と叫ぶだろう。私はその両者に加担するつもりはない。これから展開するのは今回の『政権交代』(中公新書)を通じて本当に民主党政権が悪夢であったのかを検討する作業である。

何を持って「悪夢」とするのかについての検討がなされなければ首相の表現に建設的に賛成/否定することはできない。ここに本稿の意義がある。

『政権交代: 民主党政権とは何であったのか』は2009年9月に成立した民主党政権の内実を時代順に振り返りつつ、豊富な統計データを用いて民主党政権を通じて日本民主主義の問題点と理想とのギャップを明らかにしていく。

本書の構成は以下のようである。

  • 序章 政権交代と二大政党制神話
  • 第1章 民主党政権の誕生
  • 第2章 混迷ー鳩山の迷走から菅政権へ
  • 第3章 凋落、挙党体制の試み
  • 終章 民主主義再生は可能か

第1章から第3章までは民主党政権を振り返る内容となっており、適宜世論調査などのデータが挿入される。「終章 民主主義再生は可能か」では民主党政権における代議制民主主義の機能不全についての指摘がなされる。「理想を描くだけではなく現実とのギャップを埋める」政治学の役割を重視する筆者独自の政策提言もなされている。

今日的な課題は民主党政権は本当に「悪夢」だったのかの検討である。首相の言う様に実際に民主党政権が悪夢ならばその根拠を我々は見出す必要がある。

そのために本書を用いることはいささかねじれた本書の読み方と言わざるをえないが筆者も(おそらくは)民主党による政権運営に否定的な立場をとっていることを勘案すれば、「悪夢」の要素を拾うことは不可能ではないはずである。

以下、「悪夢」の根拠について指摘しよう。

民主党政権はなぜ失敗したのか

そもそも民主党政権は国民からの積極的な支持を得て政権交代を実現したわけではなかった。小泉政権後の自民党政権の失策と新自由主義経済が日本全体に浸透し貧富の格差が開いた結果として消極的に民主党政権が選択されたのであった。その意味で民主党政権は民意との解離を前提とした政権運営を迫られたのであった。

鳩山政権から菅政権、野田政権へと3人の政権が移ろう中で民主党政権が運営に行き詰まったのは主に次の3つの要因からであろう。

1つ目がマニフェストに書き込まれていない政策による躓き。

2つ目が小沢グループを中心とした党内派閥抗争。

3つ目が東日本大震災と福島第一原子力発電所事故。

ここまでは常識的に思いつく範囲の検討であろうが、筆者は本書にて統計的な分析から面白いデータを紹介している。それが民主党議員が2009年の総選挙時にマニュフェストで約束した政策についての国会での投票行為がどれほど整合的であるかどうかというデータである。

細かいデータは本書を参考にして欲しいが、結論を先に述べれば民主党政権期間において民主党議員は自民党議員や公明党議員などの野党議員と比べてもマニュフェストに沿った投票行動を行っていなかった。国民が期待したマニュフェストと反対の行動を取る議員が増えればマニフェストの実現は当然のことながら不可能である。自らが掲げたマニフェストを破る行動をしてしまっていたことになる。

日本は代議制民主主義のシステムが採用されている。これは民意が選挙によって選出された代議士によって国会の場で反映されるシステムである。

しかし、民主党政権下での政治家の行動は自らの政権公約に縛られたものではなかった。このことは何も民主党が全面的に非を負うわけではない。

マニュフェストによって行動が縛られない背景には日本の選挙システムの不備が存在するからである。そのシステム不備とは有権者が候補者の政党属性によって投票行動を決定する傾向が明らかであることがあげられる。

すなわち日本の有権者はその候補者が何をするつもりなのか/以前の任期中に何をするつもりなのかを投票行動には反映させておらず、むしろその候補者がどの政党に属しているのかを基準に投票行動を設定しているのである。

この政党本位の投票行動を設定させている背景には日本の選挙戦が極めて短時間であることや候補者からの国会活動に関する情報不足などによって日本の代議制民主主義が損なわれていると筆者は指摘する。民主党政権の不誠実さはむしろ現行の選挙システムの一定の普遍的な設計ミスから生まれているのである。

民主党政権は日本的な選挙システムの下でマニュフェストを掲げながら不慣れな政権運営に当たったことで国民との距離感を図かねたのだ。「悪夢」と表現するにはやや酷なのではないかと思う。しかし安倍首相は極めて政治的な理由から「悪夢」発言をしているから世間に対してこの様な検証作業を説得的に語るつもりはない。

まとめ:政権交代は難しいのか

「悪夢」の様な民主党政権はリーマンショックから東日本大震災へと続く激動の中で生まれた。政治の力が多分に評価される時代に政権を担当するには民主党政権はあまりに政権運営のノウハウが足りなさすぎた。「悪夢」は必然的に起こり得たのであろう。

現在の新型コロナウイルス流行に対する安倍自民党の対応を見れば明らかな様に前例のない対応をすることは非常に難しい。それは自民党でも民主党でも同じである。

民主党政権を通じて日本の選挙システムの硬直性と健全な野党を育てる場がないことに関しては嘆かざるを得ない。その一方で自民党には脈々と政権担当能力が蓄積されていく。この野党と与党の非対称性が有る限り、真の意味での政権交代は起こりそうにもない。